最強の兄妹
『早すぎました?』
「ううん、全然!グッドタイミングだよ〜!さ、どうぞどうぞ!座って!」
相葉さんがそう言って、本日最初のお客様、杏奈ちゃんと、杏奈ちゃんのお兄さんをカウンター席に通す。 内心、今日も連れは二宮さんじゃないのね…とガッカリしつつ、私も手早くおしぼりを2人に渡し、先日貰ったブリのお礼を改めて言う。 お兄さんが良かった、とふにゃっと笑って答えると、杏奈ちゃんも、ね!と笑いかけた。 それを見て、久しぶりに帰ってきたお兄さんといられるのが、よっぽど嬉しいんだろうな…と思う。
『良かった、お兄ちゃんがちゃんと帰って来て』
「…? 、なんで?俺、すぐ帰るよって言ったじゃん」
『だってお兄ちゃん、約束しても次の日にはすっかり忘れちゃって、待ちぼうけくらうことも多いから』
「それは…。でも、俺だって家空ける時はいつも心配してるんだよ?杏奈のこと」
そんな、羨ましくなるぐらいのほのぼのトークを杏奈ちゃんたちがしていると、徐々に他のお客さんも入り始め、店は賑やかになっていく。 お通しやビール、お刺身にモツ煮にからあげ。 相葉さんはそれらを手際良く用意しながらも(最初は1人でやってたんだもんね、そういえば)ちょいちょい杏奈ちゃんたちの会話に参加していて、いつもだったら怒るところだ。でも、今は相手が相手なだけに、頑張れーっ!と私もエールを送る。 それなのに、またガラガラっと響いた入口引き戸の音に、コラコラ!なんであなたも来ちゃうのよ!?、と心の中で毒づいた。だって、この人が来ちゃうと相葉さんが……!
『櫻井さん?』
「あ…」
もう!何、運命の再会的な雰囲気出してんのよ、こんな居酒屋で〜! そう言ってやりたいのも山々、店員が私的な想いで暴言を吐くのは、当たり前だけど許されないので、にこやかにいらっしゃいませ〜!と櫻井さんに声をかける。 それなのに、この前の意気投合があったせいか、相葉さんまでニコニコ笑ってるんだから、もう……、
「…翔くん?」
「え?」
1テンポ遅れて響いたお兄さんの声に、櫻井さんが不思議そうな顔をする。 でも、お兄ちゃん?と杏奈ちゃんが向き直ると同時に、櫻井さんの大きな目がもっと大きく見開いた。
「っ、智くん!?」
「おお!やっぱり翔くんだ!久しぶりだな〜!」
「な…!でも、…え!?お兄ちゃんって…。えっ!?嘘でしょう!?」
カウンターまで櫻井さんが来ると、お兄さんが座れ座れ!と言って、杏奈ちゃんを真ん中にして席を薦める。 もはや杏奈ちゃんとのラヴな雰囲気よりも、混乱のオーラを身に纏っている櫻井さんは、ふわふわ仲良し兄妹を交互に見ては、状況を整理しているようだった。
てか、もしやこれは……。
『お兄ちゃん、櫻井さんと知り合いなの?』
「うん、大学が一緒。な?翔くん」
「そうだけど…。てか、それよりもお兄さんって…」
「杏奈?俺の妹。んふ、可愛いでしょ?」
『っ、お兄ちゃん!』
「っ、…!」
お兄さんのシンプルなまでの受け答えに、聴いているこちらまで全てを把握してしまう。 どうやら、お兄さんと櫻井さんは同じ大学に通っていた旧知の間柄らしい。妹が杏奈ちゃんだといこうとを除いて…のだけど。 つまり、“的な”でも“雰囲気”でも無く、つまりはガチの運命の再会。でもそんなこと、本当に起こり得るんだろうか?うーん…。
すると、なかなか納得出来ない私を余所に、2人と杏奈ちゃんは楽しそうに会話を始める。 その空気に、確かに違和感は無い。
「なんだ、杏奈の上司のサクライさんって、翔くんのことだったのか〜。道理でブリの味が分かるはずだ、んふふ」
「ブリ?いや、あれは確かに旨かったけど…。それが何か関係あるの?」
『ふふ!お兄ちゃんと、あのブリの美味しさが分かる人は絶対良い人だ!って言ってたんです』
「!」
『ね、お兄ちゃん?』
「うん。んふふ」
「そうっすか…」
キラキッラな笑顔と一緒に、杏奈ちゃんに良い人と言われ、櫻井さんが照れ臭そうビールを一口飲む。 その様子に、全面的に相葉さんを応援すると決めた私は、そんなの相葉さんは毎回言われてますからねーっ!と、フォローにも攻撃にもなっていないことにも気付かないまま、心の中で櫻井さんに舌を出した。
「でも、そっか…。んふふ…」
『ん?どうしたの、お兄ちゃん』
チビチビと熱燗を飲みながら、クスクスと笑い出したお兄さんに、杏奈ちゃんが首をかしげる。 既に店はお客さんでいっぱいなのに、さっきまでの手際の良さは何だったのか、私も相葉さんものろのろと作業をしていた。 だって、明らかに急展開な状況だし、相葉さん派の私にとっては、これ以上櫻井さんと差が付くのは、正直ちょっと困る。
「杏奈…!翔くんなら許す!いつ嫁に行ってもいいぞ!」
「っ、…!!?」
『え?』
「さ、智くん!な、何言って…っ!!?」
そう思っていた矢先、突然の兄公認なる嫁行ってもいい宣言に、櫻井さん同様、私たちも焦ったり、フリーズしたりしてしまう。 ちょ…っ!いきなり差付きすぎだから!うちの相葉さんにも、もうちょっとチャンス!もうちょっとチャンスが無いと巻き返せな……、
『もぉ〜!また、お兄ちゃんたら酔ってる!いっつもそうなんだから〜…』
「「『へ?』」」
いつかの時みたく、櫻井さんの声と、聴いていた私と相葉さんの声が疑問になって重なる。 ん?いっつも??今、いっつも、って言った?まさかとは思うけど。
「え、えっと…?」
『すみません、櫻井さん。お兄ちゃん、いつも酔って気分が良くなってくると、こんなこと言い出し始めて…』
「!?」
「そーお?いつも言ってる、俺?」
『うん。ニノや潤にも言ってた』
「!!?」
お兄さんの発言に、杏奈ちゃんがオチまで付けて真相を明かす。 でも、その一言一言に、地味に櫻井さんと相葉さんが傷ついていることにも(相葉さん…。言われたことなかったのね…!)、私が思わずお皿を落として割ってしまったことにも、残る2人は気付いていないらしい。
兄妹揃って天然って…。
『もお〜…。勝手にプロポーズしないでよ、お兄ちゃんってば!』
「んふふふ、ごめんね」
相葉さんが勝てる見込みは……、アリ?ナシ?
もう、よく分からなくなってきたかも、私…。
End.
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