優しくって少しバカ


side. A



いつも通りモツを煮込みながら、カウンターに座る人をチラチラと様子を伺う。
たぶんニノがこの場にいたら、挙動不審にも程があるし怖すぎるから!とか何とか、あの甲高い声でツッコミを入れられるところだ。



「すみません、焼きおにぎりの茶漬け貰えます?」

「っ、かしこまりました〜…」



カウンター席のその人に真っ直ぐ目を合わせられ、思わず応対の声をどもらせてしまう。
でも、店長のクセに接客がぎこちないのも、ニノに怒られてしまうかも知れないことも、相手が恋のライバルなら当然のことだ。
しかも、数日前にはイチャイチャしているところを見せ付けられた相手。こうなっちゃうのも仕方ないよ、絶対。



「…先日は、傘をありがとうございました。おかげで、濡れずに帰ることが出来て…」

「え!?あ、ああ〜…!いやっ、役に立ったなら良かったです!ひゃひゃ。でも、ただのビニール傘なんだから、わざわざ返しに来なくても良かったのに〜」

「いや、どうせ夕食がてらに寄ろうとは思ってたし。借りといて、礼も言わずにそのままにするのは、なんか性に合わないから」



そう言って笑うのは、杏奈ちゃんの上司である櫻井さん。どっかの会社からヘッドハンティングされて杏奈ちゃんの会社に来たとかで、ここ最近では、もうすっかりうちの店のお馴染みさんの1人だ。
歓迎会もここでやったから、他の社員からの信頼が厚いのも分かったし、キャーキャー言ってる女の子たちを見れば、ルックスが良いのも分かる。
何より、ニノが翔さん!なんて気軽に呼ぶくらいだから、人当たりの良い、心の広い人なんだろうな、と思う。
ビニール傘というのは、先日杏奈ちゃんと2人で来店した時、帰る際に俺が櫻井さんに渡した物だ。


だって、相合傘で帰るとか!何それ、上司のクセに部下とそんなイチャイチャして良いワケ!?って感じだったから、自宅までなんて送らせないよ!?と思って、つい…。



「え〜っと…、その後!その後、どうですか?」

「その後?」

「いやっ…、この前、ここで杏奈ちゃんにチケット渡してたから…」

「っ、…ああ。その後、…ね?」



傘を貸した時の気持ちを思い出して、反撃開始!とばかりに、唐突にプライベードな質問をしてみる。
デートに誘うつもりでここに来たのか、偶然場所がここというだけだったのかは分からないけど、先日は杏奈ちゃんが好きな美術展を餌に、櫻井さんがデートに誘おうとしているのを見せつけられた。
結局は杏奈ちゃんのナイス天然!な勘違いのおかげで、デートの誘いは見事に失敗したけど、見たくないシーンを見せられたことには変わらない。
それに、その後どーなったかは知らないし、たとえ失礼だったとしても、俺だって杏奈ちゃんが好きなんだから、関係なくはないはずだ。たぶん。


でも、俺が尋ねると、櫻井さんはさっきとは打って変わって、気まずそうにする。



「どうもこうも…。たぶん、お兄さんと行くんじゃないかな、と思うけど…」

「あ、やっぱり?」

「っ、いや、やっぱりって…。確かにそうだろうけど!はは」



思わず出ちゃった一言に、櫻井さんが自嘲の笑いを漏らした。つられて俺も笑ってしまうけど、こんな仲良しごっこをライバルとしている場合じゃない。
というのも、櫻井さんのデートの誘いが失敗したその日、2人が店を出て行った後、突如に小春ちゃんが俺に言ったのだ。



〔私、店長の恋を全面的に応援しますから〕

〔へ!?な、何、突然?〕



唐突すぎる小春ちゃんのアクションに、何がなんだか分からなくなる。
でも、慌てる俺を余所に、小春ちゃんはどこまでも冷静で、不敵で……正直、なんかオーラが怖かった。言えないけど。



〔この前、二宮さんが言ってたんです。杏奈ちゃんが誰かと落ち着かないことには、安心して恋なんか出来ない、って〕

〔杏奈ちゃん?〕

〔つまり、私の恋は杏奈ちゃんが誰かとくっつかないことには、進展することは無いっていうことです〕

〔ええっ!?それ、酷くない!?それでいいの、小春ちゃんは!?〕

〔嫌ですけど…。でも、二宮さんがそう言うんだから、仕方ないし、私もそれでいいんです!〕



ハッキリ、キッパリ。まるで迷いなんか無い表情と口調で小春ちゃんが返すので、それ以上は俺も何も言えなくなった。
以前から全く理解出来ないニノと小春ちゃんの恋愛観だけど、ここまで来ると、一種のプレイなのかな?と変態染みた考えが浮かんでくる。
俺もSかMかで訊かれたら、たぶんMだけど、小春ちゃんには負けるよ…。相当ドMだよね、小春ちゃんって……、



〔ちょっと!聴いてます、店長!?〕

〔…へ、へえ!?な、何だっけ?〕

〔だーかーらー!ここは店長が頑張って、杏奈ちゃんをゲットすればいいんですよ!私も応援しますから!〕

〔げ、ゲットって…!そんなポケモンみたいにさ〜!応援してくれるのは嬉しいけど!〕

〔っ、もう!そういうこと言ってるからダメなんです。店長、優しすぎるっていうか、押しが弱いっていうか…。せっかく櫻井さんに負けないルックスとスタイル持ってるのに、そうやってのんびりしてるから、いつまで経っても意識してもらえないんですよ、杏奈ちゃんに!〕

〔っ、ちょ…!そこまで言う!?俺だって、自分なりにちゃんと考えて、〕

〔うるさーい!この前杏奈ちゃんに、好きな子いないの?こんなに優しくてカッコ良いんだから、彼女くらいいるんでしょ?って言われたの知ってるんですからね、私〕

〔っ…、そんな傷に塩を塗るようなこと…!〕



…というわけで、俺は小春ちゃんの為にも頑張らなきゃいけないらしい。
正直、俺の恋を応援してくれる動機が不純すぎてあんまり嬉しくないんだけど、それでも応援は応援だし、頑張らなきゃいけないのは確かだ。
だって、以前ニノが言ってた通り、確かに目の前に座る櫻井さんはイケメンだし、爽やかだし、仕事も出来そうだし、良い人そうだし、それに……、



「でも!あの天然がまた可愛いっていうか、憎めないっていうか!ね!?」

「そうなんだよなぁ〜…!勘違いされたのは残念だったけど、お兄さん想いっていうのは、それはそれでちょっとポイント高かったし…」

「仲良いんだよね、凄く!」



…って、アレ?
もしかして俺、ライバルと意気投合しちゃって……、




『店長!?』

「っ、小春ちゃん…!」

「?」



分かってる!分かってるよ、ライバルだってことは!!
そこまでバカじゃないよ、俺だって!!




End.





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