事情聴取と作戦会議
side. N
ケータイでメモしておいた、午後に回らなければいけない会社をもう一度確認しながら、食堂兼、カフェテリアに入る。 もう片手には、今朝出社した時に買った飲みかけのペットボトルがあり、昼飯食べるついでに飲みきっちゃわないとな、と思う。 そしてケータイを閉じ、いつもの席に杏奈が座っていることを確認した後、真っ直ぐにそこへ向かった。
「お待たせー。ごめん、書類整理してて遅くなったわ。この後、外回りに行かなきゃいけなくてさ。それで」
『そーなんだ?別に平気。先に食べてたし』
その言葉通り、テーブルには既にお弁当箱が広げられ、杏奈自身もモゴモゴと口を動かしている。 ここ最近の定番となってしまったのか、相変わらずお弁当箱にはなかなかの量のおにぎりが詰められていて、よく飽きないよなぁ…と感心する勢いだ。
「これ、まだ無くなんないの?相当食った気がすんだけど」
『まだ少しあるけど…。でも、今日はブリじゃないの。今日はね、山形の牛すき煮。だから、ニノも食べて!』
「もはや、お礼でも詫びでもねーじゃん!シリーズ化されて、ここまで続くと。んふふふ…まあ、ありがたいけどさ」
そう言って、席に着いて頂こうとする。でも、杏奈の傍らに置いてあるファイルの中を目にして、思わず口の端が上がった。 いやいやいや…。ようやく、事が進みましたか!
「んふふふ、…それ」
『? 、これが何?』
「いや?やーっとお前の手に渡ったんだな、と思って。良かったじゃん」
『! 、あ、そっか。そーいえば、ニノなんだよね?言ってくれたの』
俺が指差すと、杏奈が律儀に取り出して見せてくれる。 それは、つい数週間前まで俺の手元にあった物であり、昨日まで誰かさんのスーツの胸ポケットにあった物…俺が翔さんに、杏奈とデートする為に渡したチケットだ。 最初はいったいどーなんだか…と思っていたけれど、杏奈が嬉しそうにしているのを見て、一先ず安心出来た気がした。
「ん…?」
でも、じゃーん!と見せてくれたチケットを目にした瞬間、頭の中にクエスチョンマークが浮かぶ。
確かに、俺はチケットを2枚、翔さんに渡したよ?でも、それって普通、誘った方が当日まで持ってんじゃないの? それとも、自分が預かるって、杏奈が言い張ったとか?いやいや、そんなヤツじゃないし、翔さんだってリードするタイプなんだから、んなことにはならないでしょーよ。 それに、何をどう考えても、これはちょっとさすがにおかしいだろ。自分の分である1枚だけ、…ならともかくさ?
「…なんで、お前がチケット2枚持ってんの?」
『? 、なんでって…』
「だってそれ、翔さんが…」
『うん。櫻井さんから貰ったけど』
「? 、貰った?は?何言ってんの、お前」
『? 、だから、櫻井さんが要らないって言うから、2枚とも譲ってもらったけど?』
「は!?」
『っ、なんなのさっきから!ニノ、頭おかしくなっちゃったの?もう!』
なんのこっちゃ分からないとばかりに眉を顰め、それでも手に取ったおにぎりを、杏奈が食べ進める。 早くニノも食べなよ、時間無いんでしょ?と言って俺にも渡してくれるけど、俺こそなんのこっちゃ分からなくなり、おにぎりどころじゃない。 いやいやいやいや!何がどーなって、そんなことになってんのよ!?
「っ、…! 、翔さん!?」
「! 、っ、二宮……」
食堂内を見回すと、ちょうど食券機の前で並んでいるイケメン上司を発見し、杏奈に一言告げてテーブルを離れる。 それに気付いた翔さんは、気まずそうに顔を歪めながらも、俺が側に来るのを待っているようだった。 時間の節約の為にも、渡されたおにぎりに被り付きながら翔さんに歩み寄るけど、俺もこの2人も、ほんと何やってんだか…。
「ちょっと、翔さん。俺がせっかくチケット譲って、昨日はわざわざ2人きりにまでしてやったのに、なんでこんなことになってんのか、ちょっと説明してもらえませんかね?」
「っ、んなこと、俺が訊きたいよ…!あ゛あぁ〜、もう…」
「いやいや…。戦意喪失してる場合じゃないでしょーが。何?また、杏奈がやらかしちゃった?」
今までの経験と今回の結果。そして、この翔さんの反応で、大体のことは既に想像はついている。 口にしているおにぎりは抜群に旨いけど、正直これだけじゃあ、俺もフォローし辛くなってくるわな…。
「なんか…お兄さん?元々、お兄さんと行きたかった美術展らしくてさ…」
「は?兄貴と?」
「一応、いやいや!って勘違いした後も粘ったんだけど、あんまり嬉しそうにしてるから、それ以上は何も言えなくなって…」
「だから、翔さん…。あいつの場合は、もうちょっと直球で、且つ強引に行かないと…、」
「っ、そう言うけどさあ!?お兄ちゃんに写メ送るから撮って下さい、とまで言われたら、もう諦めるしかないだろ!?普通!」
「写メって、あのバカ…!」
「もう俺、途中から訳分かんなくなってきたっていうかさ〜…。一緒に傘入って歩いてた時には腕組まれるし、なのにこれだし…」
「っ、…それ申し訳ないけど、翔さん?腕組んだのは、たぶんいつも兄貴とやってるからだわ。俺も経験あるし」
「!?」
「追い打ち、申し訳ない」
その後も、翔さんは食券機の横に寄りかかったまま、昨日あったことを事細かに話す。予想はしてても、それを遥かに超える天然ぶりを聴かされちゃあ、こっちも苦笑いだ。 なのに、テーブルの方の杏奈を見ると、ニコニコしながら満足そうにおにぎりを食べてるんだから、言葉を失ってしまう。たぶん、お目当てのチケットをゲット出来たのが、余程嬉しかったんだろう。
惜しいなぁ…。見てるだけならほんと可愛いし、被害も無いのに…。
「翔さん、こうなったらさ…」
「ん?」
「とりあえず、プロポーズしてみない?」
「はっ!?な…、何言って!?」
「っ、冗談に決まってんでしょーが。んなことしたら、さすがの杏奈もドン引きだわ」
「っ、おい!二宮!」
「いいから、まずはおにぎり食べますよ。ほら、こっち来て!」
そう言って、上司である翔さんの腕を掴んで、無理矢理テーブル席まで引っ張っていく。 我ながら、なんで他人の恋愛にここまで世話焼いてんのか謎だけど、天才ゲーマーの名にかけて、きちんとクリアーさせてみせますよ。
「じゃなきゃ、俺の名誉に関わるわ…」
「は?名誉?なんだよ、それ」
「いいよ、翔さんは気にしなくて。ったく…」
まずは、まだ効く内に、おにぎりで翔さんの心をフォローといきますかね。
End.
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