ランチタイム


午後12時半の社員食堂兼、カフェテリア。そこにあるいつもの席で、いつもの猫背を見つけ、笑みが零れた。
やっぱり病気になんてなるものじゃない。こんな些細なことですらが懐かしく思えるようになっちゃうのは、少しばかり面倒だから。



『ニーノ!久しぶり。ごめんね、待った?』

「いや、別に?てか、連絡来たから知ってはいたけど、本当にもう元気そうじゃん。仕事も通常通り?」

『うん、まあ。でも、櫻井さんが気を遣ってくれて、ちょっと減らしてくれたから』

「あら。上司のくせにそんな特別扱いしてくれるなんて、翔さんもなかなかチャレンジャーじゃんか。んふふふ」

『何それ。部下を大切にしてくれるだけでチャレンジャーなんて言うようになったら、この会社だけじゃなくて、日本の企業の未来も危ういってことだからね、ニノ!やめようよ、そういう風に言うの』

「いやいやいや…。お前、いい加減その天然さ、」

『ね、それより、心配かけたお詫びにおにぎり作って来たから、ニノも食べて!』

「っ、話聴きなさいよ、ったくもう…」



せっかく復帰したっていうのに、早々にニノがやる気を失くすようなことを言うので、無視してお弁当箱を広げる。
これは、会社を休んでいた間に迷惑をかけたお詫びと、お見舞いに電話をくれたニノへのお礼。今日は事前にメールをして、お昼は私がご馳走するから!と言っておいたのだ。



「ってか、多いな!なんなのよ、この量」

『ほら、休む前に相葉さんの店で言ったでしょ?今、お兄ちゃんが宮崎に行ってて、この数週間ずっと帰ってきてないって』

「? 、まだ帰ってきてなかったわけ?妹が寝込んでたっていうのに?」

『それどころか、潤に看病任せて、今度は山形行ってくるー!だって。酷くない?』

「まあ、それだけお前のことも、潤くんのことも信頼してんでしょーよ。潤くんが看病してたっていうのは、翔さんと相葉さんにとっては嬉しくない情報だと思うけど」

『は?』

「っ、もういいよ、お前は気にしなくて。で?それがこのおにぎりと、何の関係があんのよ?」



そう訊かれ、おにぎりを一つ取ってニノに渡す。
朝早く起きて作ったこれらの中身は、宮崎から真空パックに入れられ送られて来た、黒瀬ブリの照り焼き。
言うまでもなく、それを発送したのは私のお兄ちゃんだ。



『これ、宮崎で食べて美味しかったから、お兄ちゃんが食え!って大量に送ってきたの』

「はい?」

『1匹は相葉さんとこに持って行って、小春さんとまかないにでも食べて下さいって渡したんだけど、まだまだ余ってて。潤にも持っていったんだけど、これが看病のお返しって嘘でしょ?とか嫌味言われるし…』

「そりゃ、そーだろ…」

『なんか言った?…とにかく、全然減らないから、とりあえずおにぎりにして持ってきたの。だから、はい!ニノも食べて!』

「いやいや、お前、俺への詫びもお礼も雑すぎるでしょ!このブリ、消化したいだけじゃんかよ!俺、なんか奢ってもらえると思って来たんだけど!」

『ご馳走してるのには変わりないじゃん!結構高価なお魚らしいよ?夕食はちゃんと奢るから〜!』

「それだって、どーせ相葉さんとこだろ?ああ、もう…期待して来たニノちゃんがバカでしたよ。マジで裏切られた気分だわ」



そんな風に憎まれ口を叩きながらもニノは笑っていて、おにぎりもきちんと自分の口に運んでいく。
同僚としてほぼ毎日、お昼と夕飯を共にしているだけあって、私もニノがなんだかんだ言いつつ食べてくれるのは分かっていた。
なんだったら、おにぎりにして持ってきたのは、その付き合いの長さが高じて起きたこと。下手に高い食事やお酒をご馳走するより、これぐらい素朴な食べ物の方が、ニノの好みだと把握しているのだ。



「てか、これこそ翔さんにでもお礼として渡せばいいじゃない。あの人、忙しすぎて毎日外食してるみたいだし、こういうの喜ぶと思うよ?」

『えー…。いくら優しいって言っても、さすがに上司に手作りのおにぎりはまずくない?』

「んははは。それはそーだけど、そこは杏奈もチャレンジャーとしてさ?」

『そんな、クビになる可能性もあるチャレンジ絶対嫌だから!ふふ。…あ、そーいえば…』

「ん?」

『ねえ、ニノ。実は休み中、櫻井さんからも留守電入ってたんだけどね?』



そう言って、前のめりになる。
別に櫻井さんにおにぎりを渡すつもりは1ミリとて無いけれど、彼の話をしていたせいか、ずっと気になっていたことを思い出した。あれは、いったいどういう意味なんだろう?
ニノは櫻井さんともさり気に仲が良いから(別の部署のくせに!)あの留守電の真意が分かるかも知れない。


そう思い口を開きかけた瞬間、そのニノが、少し遠くに視線を止めて、嘘くさいリアクションをする。
私も先にあるものを追ってみると、噂をすれば…とばかりで、櫻井さんがちょうど食堂に入ってきたところだった。相変わらず、彼の周りでは他の女子社員がいそいそとしている。



「翔さーん?翔さんも、これからお昼ー?」

「え?ああ、二宮…! 、っと…杏奈、ちゃん…」

『お疲れ様です、櫻井さん』

「お疲れ…。二宮も」



ニノが呼びかけると、櫻井さんも気付き、食券を持ったままこちらに歩いてくる。でも、私も一緒にいることに気付いた途端、気まずそうに笑って見せた。
そーいえば、今日は最初に仕事の連絡をされてから、ずっと櫻井さんは会議だったから、まともに会話をしていなかったっけ…。まずい、ちゃんとお礼も言って無いし、無礼な部下だと思われたのかも……。



「翔さん、もし良かったら、これ少し貰ってってくれない?この子、バカみたいにおにぎり作ってきて、ちょっと困ってんのよ」

「え?」

『ちょっと、ニノ!』

「どーせ、食べれないってこんなに。1個だけでもいいから、翔さん持ってってよ?ね?」

『でも、こんなの迷惑、』

「っ、いや!…も、もし構わないんだったら、是非頂きたいけど…!」

『え?』

「ほら!んふふふ。どーぞ、食べてやってよ、この子の為に」



ニノがそう言ってお弁当箱を差し出すと、櫻井さんはその中の一つを取り、私にお礼を言う。そして立ったまま一口食べると、大袈裟に旨い!と言って喜んでくれた。
まさか本当におにぎりを渡すことになるとは思っていなかったから、その感想にちょっとドキドキしたけど、あ…ブリが美味しいのか…と気付き、一瞬でも調子に乗った自分を反省する。



『あ、ところで櫻井さん?』

「ん?」

『留守電で言ってたことなんですけど…』

「っ、!?」

「留守電って…。ああ、さっきの話の続き?」

『うん。一緒に行きたい所があるって、櫻井さん言ってたけど…』

「一緒に行きたい所?」

「っ、いや!なんていうか、あれは今はちょっと…!こ、ここではさ!?なあ、二宮!?」

「! 、ああ〜…。んふふふ、なるほどね?いいじゃない、翔さん。俺のことは気にせず、言っちゃってよ。俺も関係無くはないし、どうなるか気になってたしさ。んふふ」

『え?』

「っ、いや、だからなんていうか…!」



慌てふためく櫻井さんと、余裕綽々で愉快そうに笑うニノ。
最初は何がなんだか分からなかった私も、2人の様子を見て、もしや…!と一つの考えが頭を過った。これは、心の準備をするべきかも知れない。
そう思って、姿勢を正し櫻井さんに向き直る。



『っ、はっきり言って下さい!』

「!」

「んふふふ」



いつまで経っても進展は無く、ニノも櫻井さんも勿体ぶったまま。それでも、櫻井さんがようやく意を決し、上着の右ポケットに手をかけた。

それなのに……、



「櫻井くーん!」

「っ、は、はい!?」

『!?』

「ちょ…ごめん!呼ばれてるから、行くわ!また、今度…!あ、あと…おにぎり、ありがとね?」



次の瞬間、食堂内に彼の名前を呼ぶ声が響き、あっさりと留守電の謎を解く機会は奪われる。
でも、彼を呼んでいるのはこの会社の専務であり、私よりも専務が優先されるのは仕方のないことだった。
すると、落ち込んでいる私を見て、ニノがからかうように私の額を小突く。



「…しょーがないでしょーよ。翔さんだって、わざとやってるわけじゃないんだからさ?」

『うん…』

「また改めて、後でちゃんと言ってくれるよ。今は俺もいたから、ちょっと言いにくかっただけでさ?」



そう言って、珍しくきちんと慰めているニノに、私も笑顔を返す。
手には二つ目のおにぎりがあり、翔さんにもこれ渡せて良かったじゃない、と言いながら、また一口食べた。


優しい同僚に、優しい上司。
以前はちょっとばかりやる気を失っていた私だけど、こういう現実に気付く度に、自分は恵まれているんだと、最近は分かってきた。
でも、だからこそ思う。本当に優しいんだったら、もうちょっとはっきりと言ってくれても……!



『ああ〜…!櫻井さんのあの反応…きっと、今度ある、あの嫌な会社の接待か、遠方の出張の話だよね〜…!』

「は…?」

『私、あそこの会社の人たち、なんか好きになれないっていうか…』

「ちょ…、え!?」

『出張は嫌じゃないけど、私、飛行機苦手だからあんまり遠くだとなぁ…』

「っ、嘘でしょう!?」

『もう!嘘じゃないってば!さっさと言ってくれれば、心の準備も出来るのにぃ〜!!』

「お前…っ、」

『! 、でも、ニノも一緒に行ってくれるんだよね?関係あるってことは。その時はフォローよろしくね?』

「っ、…もう何でもいいよ、バカ!接待でも出張でも、勝手に備えてれば?ったく…!」



目の前では同僚が呆れたようにため息を吐き、離れたテーブル席では、上司が難しそうな顔をして専務と話し合っている。
そして私は二つ目のおにぎりを手に取りながら、今日の仕事が終わった後の予定を考えた。



『とりあえず、残りのブリも相葉さんの店に持っていこ…』

「それ、夕飯もこれが出てくるパターンですよね?」

『それは…、小春さんの腕次第だよ』

「他力本願やめろや!」



そーいえばお兄ちゃん、今頃何してるんだろ…。





End.





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