処方箋


眠っているにも関わらず、食欲を刺激されるような良い匂いがして、静かに目を開けた。
目を閉じる前は真っ暗だったはずの部屋は、なぜか明るく、やたらと暖かい。
ぼんやりとしつつも、なんで?と不思議に思って寝返りを打つと、ベッドの横には心配そうに私を見る、優しい親友の顔があった。



『潤…!?なんで…?』

「誰かさんが病気で寝込んでるーっていうからさ。それで、様子見に来た。つーか、鍵くらい閉めておけよ」



ゆっくり起き上がると、ほんの少し頭がクラっとしたものの、だいぶ楽になっていることに気付く。
この数日間、体はだるく、全然調子が出ないなーと思っていたら、あっと言う間に病気に侵され、動けなくなってしまっていたのだ。
なんとか薬を飲み、会社に事情を話して休みを取り、帰って来るとは期待してないけど、お兄ちゃんに連絡をするだけはした。
病気になると心も病んでしまうのか、たった1人で耐えなければいけない現実に孤独感でいっぱいだったんだけれど……、



『寝込んでる、って…。誰から聴いたの?』

「お前の兄貴。今、宮崎にいるんだっけ?しばらく帰れねーから、杏奈を頼むって電話来て」

『お兄ちゃん…』

「つーか、一応大人なんだから、杏奈だって1人でも何とかなんじゃないの?って言ったんだけどさ。やっぱ寝込んでるって言うし、親友としては心配になってきて。だから、こうやって見舞いがてら来たんだよ」

『そっか…。ありがとね、潤…』

「どういたしまして。で、具合は?」



そう訊くのと同時に、潤が額と額を合わせ、私の熱を測る。
間近に見る親友の顔に、本当に綺麗な顔してるなー…とぼんやり思っていると、大丈夫そうだな、と言って笑った。



「お粥あるけど食う?」

『あ、うん。お腹空いた』

「はは。食欲あるんだったら、もう本当に安心だな。待ってて、すぐ用意する」



潤はそう言って私の頭を撫でると、キッチンに行ってお粥の用意をしてくれる。
さっきからする美味しそうな匂いに、そーいえばしばらく食事してなかったなー、とここ数日間を振り返った。
でも、潤が言うように、こうやってお腹が空いて何かを欲するっていうのは、きっと良いことだ。ようやく、以前のように暮らせる日々が戻りつつある、ってことだと思うから。



『んん!美味しい…!それに凄く温まる』

「そりゃ良かった。元気になったら、ちゃんと御礼言いに行けよ?」

『え?潤が作ってくれたんじゃないの、これ?』

「いや?ほら、いつもの居酒屋の店長。相葉さんだっけ?」

『相葉さん?』

「ちょうど杏奈の兄貴から電話来た時、店にいてさ。事情話したら、じゃあ俺がお粥作るから、後でまた取りに来て!って。わざわざ作ってくれたんだよ」

『相葉さんが…』

「うん」



まさかの相葉さんの登場に驚きながら、お粥を食べ進める。
でも、妙に違和感のある潤のその情報と美味しいお粥は、私の知っている相葉さんとは、なんていうかイメージが違うっていうか……、



「あの人、『料理出来たんだ…』」

「っ!?、おい!杏奈、お前失礼だろ、それ!」

『なっ…!?潤だって今、一緒に言ってたでしょ!?』



示し合わせたように、息ぴったりに被ってしまった互いの発言。
でも、しばらく潤とそのことに関して言い争っていると、だんだん訳が分からなくなってきて、仕舞いには2人で大きく笑ってしまう。

ああ、私、もう本当に大丈夫そうだ。



「ははは!中華の申し子だから、味は保証するって言ってた。なんか、テンション高すぎて面倒な時もあるけど、いつも全力っつーか…。なんか、いいよな」

『ふふ、うん。治ったら、相葉さんに御礼言いに行かなきゃ。潤も、わざわざありがとね?忙しいのに、看病してくれて』

「いーえ。さっきも言ったけど、親友だからね。こういう時こそ、力になってやんなきゃ。俺はもうこれで帰るけど、また何かあったら遠慮せずに連絡しろよ?」

『うん』

「あと、鍵はマジでちゃんとかけておけな?来たのが俺だから良かったものの、こんな時に事件に巻き込まれてちゃ、洒落になんねーぞ」

『うん、分かった。気を付ける』



そう言って、何度も私の安全の確認と心配をした後、潤はほっとしたように帰って行った。
そのまま変わらない潤の優しさに浸っていると、枕元に置いておいたケータイの着信ランプが点滅していることに気付く。
慌てて留守電を確認してみると、それらのメッセージに、また心がいっぱいになった。


もう!なんて幸せなんだろう、私。



≪杏奈ー?熱大丈夫か?まだ帰れそうにないから、マツジュンに連絡しておいた。宮崎ですげー旨いもの見つけて、それ送っといたから、元気になったら食ってみろ!超旨いぞ!次は山形行ってくるけど、戸締りはしっかりな!≫

≪おーい?ちょっと大丈夫?杏奈が会社にいないと、からかうヤツがいなくてつまんないわ。…んふふふ、嘘だよ。待ってるから、早く治して出てきなさいな。あんたの上司も心配してるしね≫

≪えー…っと…。櫻井です。具合、大丈夫でしょうか?こちらのことは気にせず、ゆっくり病気治して下さい。それに…えっと、…うん。なんつーか、治ったら一緒に行きたい所があるので…。ま、まあ、とにかく!…復帰、待ってます≫



『行きたい所…?』



最後の櫻井さんのメッセージだけ、意味が汲み取れない部分はあるけれど…。
でも、今はとりあえず、みんなが希望してくれているように、ちゃんと病気を治すことに専念しますか!


今日はぐっすり眠れそうだ。





End.





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