噂の親友
side. M
「…で。結果、俺が杏奈と映画を観ることになったわけか」
『だってー!お兄ちゃん、結局前日になってもメールくれないし、電話かけても通じないんだもん!絶対、充電切れたまんま気が付いてないんだよー。もう!』
「あー…。はは!それ、有り得る」
なーんて、面倒臭い雰囲気を全面に押し出してはいるけれど、実はそうでもない。 男女の親友っていうのは、絶好に美味しいポジションであると同時に、一番異性として意識されにくいポジションでもある。 だからこそ俺は、それを最大限に前向きに利用して、大学で出会ってから今日まで、常に杏奈の隣を陣取ってきた。 今日も兄貴の代役とはいえ、こうやって誘われるのは、そういう密かな攻めがちゃんと効いている証拠だ。
…まあ、本当の一番は杏奈の兄貴なんだろーけど、そこは気にしても仕方ない。 何て言ったって、血の繋がりには、どーやっても他人が敵うはずなんてないんだし。
「それより、映画の時間って何時だっけ?杏奈、パンフとか買うんだし、早めに出た方がいいんじゃね?」
『あ、そっか。そーだよね。分かった、これ飲んじゃうから、もう少し待って!』
「いや、別にそんな急がなくてもいいけどさ」
俺が時計を確認してそう言うと、トールサイズのコーヒーを一気に飲み干そうとする。 少し早めに待ち合わせをし、映画館近くのスタバで時間を潰していたのだけど、俺がコーヒーの好みや、杏奈の行動を熟知していることを、本人はちゃんと気付いているんだろうか。 たとえ気付いていなくても、俺の気持ちが変わることはないから、このポジションを譲るつもりも毛頭無いけど。
『うわ〜、寒い…!もうすっかり秋…っていうか、冬?』
店を出ると、冷たい風が吹き付け、思わず顔をしかめた。 隣では杏奈がそう言いながら、俺と同じように肩をすくめ、寒そうに自分のコートの袖を引っ張る。 相も変わらず、兄妹揃ってどっかほんわかしていて、女の子らしいその仕草にいちいちドキドキさせられるのは、もう俺の日常と化していた。 杏奈自身は、それを何か狙ってやっているわけじゃないっていうのは、ちゃんと分かってはいる。
いる、んだけど。
「もたもたすんなって。寒ぃんだから…」
『え?』
「…ほら、行くぞ」
『!』
そう言って、さっさと杏奈の左手をギュっと掴み、そのまま自分のハーフコートのポケットに突っ込んだ。 冷たくなった小さな手に、少しでも自分の想いが伝わり、少しでもドキドキさせられてればいいな、と思う。
俺が、杏奈にドキドキさせられた分だけ。
『あっ…え?潤!?』
冬を抱きしめて。
寒いとそれだけで、人は人との距離を縮められる。
End.
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