The NEW GIRL - 1/2


半分ほどの量があったビールを、そのまま一気に飲み干した。それでも、酔える気はしない。というか、飲めば飲むほど憂鬱になってくる。
周りのお客さんは賑やかにお酒を楽しんでいるのに対し、自分だけがこんなで、その現実が余計にこの気持ちに拍車をかけていく。まるで、自分だけが取り残されたみたいだ。



「ね〜…杏奈ちゃん、今日飲み過ぎじゃない?ってか、ペース早くない?もうそれで3杯目だよ?」

『…るさいなぁ!売上貢献してるんだから、別にいいでしょ?相葉さんは、ホストばりに黙ってお客さんの相手してればいーの!ビールおかわり!』

「まだ飲むの!?それに俺、本当に心配してるんだよ〜?ホストは、こんな風に心配してくれないよ、絶対?!」

『もお〜!分かったから、早くビール!』



酔いはしていなくても、悪酔いはしているんだと思う。自分を案じてくれている店員に暴言を吐くのは、決して良い客とは言えない。
それでも、カウンター越しに不安そうに私を見る相葉さんは、結局サーバーから注文通りのビールを私の為に注いでくれる。
紙一重のその優しさに、いつもだったら店員としてそれはどうなのかと思うけど、今は感謝でいっぱいだ。この店があって良かった。
相葉さんのイケメンぶりは、Tシャツ姿の飲み屋の店員と言えども、ホストのように見えることは否定しないけど。



「はい。でも、これで最後だからね!あとはもう、コーラしか売らないから杏奈ちゃんには!」

『!? 、相葉さんのケチ!』

「なんと言おうと、ダメなものはダメーっ!絶対飲み過ぎだって!」



子供の喧嘩みたいだけど、断固として譲らない相葉さんに、さっきまでの感謝の気持ちは跡形もなく消えていく。
それでも、分かってはいる。分かってはいるのだ。
確かに今日の私は飲み過ぎだし、しかも週末の始まり金曜日でもないのに、飲み屋のカウンターで女子が店員相手にくだを巻いていれば、こうなるのは当然だ。
ああ、私ってば何やってるんだろ、本当に……。



「ねえ…なんかあったの?俺で良かったら、話聴くよ?」



そんな私の様子に、相葉さんは徹底的に良い人ぶりを発揮する。
その優しさについつい甘えてしまいそうになるけど、彼は私だけの店員じゃないし、もちろんホストでもない。
だから、曖昧な言葉と笑顔で交わした後、他のお客さんに声をかけられ、彼が仕事に戻らざるを得なくなったことに安心した。こんな私に付き合わせるのは可哀想だ。


第一、特別何かがあったというわけじゃないし。



『はあ…』



たとえば、駅のホームで電車を待って並んでいたら、横から順番抜かされたとか。
たとえば、会社までの信号が全部赤で足止めされたとか。
たとえば、入ったコンビニの店員の態度がとんでもなく最悪だったとか。


そんな、些細でどうでもいいことなら、今日1日だけでたくさんあった。思わず、指折り数えてしまうぐらいに。
でも、イベント企画会社で毎日必死に企画を練り、且つ働いて3年目という中途半端なポジションにいる私にとっては、些細なことでも積み重なれば大きなストレスになる。
加えて今日は、自分のアイディアを入社1年目のしたたかな後輩に横取りされ、本気で泣きたくなった。
…ああ、しかも今思い出した。そういえばあのコンビニ店員、名札のところに“トレーニング中”ってなってた。なのに、あの接客って…。



『っ、…相葉さん!ビール、もう1杯ください!』

「!? 、もうダメだって言ったでしょ!?コーラだけ!」



嫌なことがたくさんあった日だから、思いっきり飲みたい。でも、相葉さんはそれを許してくれない。
せめて愚痴を零せる相手がいたら…と思うけど、同じ会社の同期であるニノはさっさと帰ってしまうし(ゲームの続きやるんだって)、親友で別の会社に勤める潤は、今日は出張で福岡まで行っているとメールが来た。(お土産楽しみにしてて、だって)
もっと言えば、会社を出る前にお兄ちゃんから興奮気味に電話がかかってきたけど、何を伝えたかったのかは未だに謎だ。(アジたくさん釣れたよ、って…どこにいるの、お兄ちゃん?)


でも、愚痴を言えたからといって、この現状が良くなるわけでも、何かが変わるわけでもない。
結局のところ、私みたいな人間は妥協して我慢して、ただただ地道に努力し続けるしかないのだ。というか、それしか出来ないし。



『それが、自分の為になるかは分からないけど…』

「え?」



シュワシュワと炭酸が弾けるコーラを見ながら、無意識に声になった言葉。賑やかな店内では、相葉さんにだって聴こえないぐらい小さい。
それなのに、私の呟きを聴いていたとしか思えない誰かがしたリアクションに、ハッと我に返った。隣を見ると、スーツ姿の男性と目が合う。



『…何か?』

「いや、何かって…」

『ただの独り言なんで、気にしないで下さい。どうせ、もう帰りますし』

「帰る?」

『コーラしか飲ませてくれない飲み屋に居ても仕方ないし…』

「っ、はははは!」



私が皮肉たっぷりに不満を言うと、滑舌の良い笑い声を彼が響かせる。
よくよく見れば整った顔立ちをしている彼は、高級そうな細身のスーツに、袖からは立派な腕時計が見えて、相葉さんには失礼だけど、何でこんな飲み屋で飲んでいるんだろう、と思う。ホテルのバーにでも行けばいいのに!



「ははっ……やー、ごめんなさい。笑っちゃったお詫びに、良かったらどーです?生じゃなくて、瓶ビールだけど」

『え、でも…』

「話も、良かったら聴くし。行きずりの他人だし、気にする必要無いでしょ?」

『……』

「ね?」

『…カウンセラーか何かの人なんですか?それとも、まさかのナンパ?』

「っ、はははは!いや、カウンセラーでもナンパでもないけど!ただ、1人で飲んでても暇だからさ」



そう言いながら、彼がカウンターの上に積み上がっているグラスを、相葉さんに見付からないよう拝借し、ビールを注ぐ。
若干怪しみながらも、またビールを口にすることが出来た事実に気を取られ、そのまま出会ったばかりの彼とグラスを交わした。
やっぱり今夜は、飲まなきゃやっていられない。



「…で、なんかあったんですか?自信なさ気に、思わず呟いちゃうぐらい」



からかうように訊く態度を見るに、本当に暇潰しのつもりで、なんとなく声をかけただけなんだろうな、と思う。
カッコ良さのタイプは違うけど、見れば見るほど、相葉さんや潤、ニノと匹敵するほどのルックスを持っている人。そんなイケメンを相手に悩み相談とか、普段だったら気後れること間違いなし。
でも、誠実そうな声のトーンや、親しみやすい話し方。それに、相葉さんには何度も失礼だけど、こんな居酒屋で1人飲みしていること。


気付けば、以前からの友人のように、彼と会話をしていた。



『…ってわけです。特に何か決定的な失敗をしたわけじゃないし、これからも頑張ろうとは思うけど、なんかストレス溜まって仕方なくて…』

「なるほどね〜…」

『せめて、そういうのをちゃんと見てくれてて、認めてくれる人がいればいいんですけどね』

「? 、いないの?」

『うーん…いるけど、違う部署だったり、会社だったりで。相葉さんは言えば聴いてくれるだろうけど、実際その目で現場を見てるわけじゃないし』

「はは!まあね」



カウンターの中で忙しなく動く相葉さんは、大変そうだけど、笑顔で他のお客さんと話をしている。
相葉さんみたいに楽しめたり、潤やニノみたいに余裕を持って仕事が出来たり、お兄ちゃんみたいに一つのことに夢中になれたり…。
今の仕事は望んで就いた仕事だし、出世を目指しているわけでもないけど、きちんと言いたいことも言えない、評価もしてくれない現状は正直辛い。
何より、それに慣れて、若干諦めモードになっている自分が一番嫌だ。私だってきちんと出来るし、誰にも負けないはずの実力は絶対にあるはずなのに。


“結局のところ、世の中ってそういうものなの?”


内なる声が聴こえ、再び憂鬱な気分が迫りくるのを感じる。
けど、そんな暗い海に落ちそうになった瞬間、隣に座るスーツの彼が私の手を取って助けてくれた。もちろん、本当にこの手を掴んだわけじゃないけど。



「でも、そーだなぁ…。これは俺の個人的な意見だし、ただの好みではあるんだけどさ?」

『? 、はい…?』

「俺は少しぐらい不器用でも、努力し続けられるヤツの方が好きだけどね?」

『…!…』

「特に、一緒に仕事をする仲間なら尚更。たとえそれが同僚であっても部下であっても、一緒に頑張ってくれるヤツの方が良いに決まってるよ〜!じゃない?」

『ふふっ…。確かに』



そう言って2人で笑い合い、もう一度グラスをカチンと鳴らす。
彼の名前は、もちろん知らない。それどころか、歳も職業も謎なイケメン。でも、不思議に心は落ち着いたし、仕事に対する憂鬱な気分も、彼の言葉で全部吹き飛んだ気がした。
その証拠に、私は今日初めて、本気で笑っている。



『じゃあ…。今日は見ず知らずの人間の為に、ありがとうございました。ついでに、私の飲み代も払ってもらっちゃって…。また会えたら、その時は私が奢ります』

「はは!いーえ。仕事頑張ってね?応援してる」



スーツの彼とは、そう言って、相葉さんの店の前で別れた。
店に入る前よりも軽くなった心と足取りに、涼しい心地よい風を浴びながら、もう一度明日から頑張ってみよう!と自分を奮起させる。
たった1時間ちょっとで変わった世界は夜でも明るく見え、視界が広がったような、自分の武器が増えたような、不思議な感覚だった。


でも、実際のところ、本当に私の生きる世界はこの時から変わっていたらしい。
次の日の朝、出社して合同ミーティングの席に着いた時、思わず自分の記憶も目も耳も全部疑った。



――― これは、ラッキーなの?それとも…?



「今日から、ここで皆さんと働かせて頂きます、櫻井です」

『…!?』

「どうぞ、宜しく」



どれだけ目を擦り見開いても、間違いなく、別の会社からヘッドハンティングされてきて、今日から私の上司だと紹介されたのは、昨日のスーツの彼だった。
グラスを交わすことになった時より謎なこの展開は、当たり前だけど、どう対応すれば分からない。突然挙動不審になった私に、隣に座っていた同期のニノは、面白そうにからかうだけだ。



『ど、どうしよう、ニノ…!なんで、瓶ビールの人が…!?』

「いやいやいや、瓶ビールって何よ?あなたの上司でしょーが。んふふふ…。あなた、あの人に何したのよ?」



そんな落ち着かない私を余所に、スーツの彼、否、櫻井さんは淡々と挨拶を続ける。
けど、これから自分の部下になるメンバーの中に私がいることに気付くと、彼はほんの少し目を注いだ後、すぐに笑ってこう言った。



「是非、努力し続けて下さい。…俺は、ちゃんと見てるから」

『…!…』



ここからだ。ここからが、また始まりの時。


だから、きっと、まだまだ頑張れるよ。
自分が思っている以上に、もっとね。





The NEW GIRL

(“brand-new”っていうより、“NEW!”って感じ。)




End.


→ あとがき





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