面倒な人
いつも以上に賑やかな店内に、お酒が進んでヒートアップするとはこういうことか、と思う。 今夜は完全貸し切りのこの居酒屋は、相葉さんが密かに想いを寄せている、杏奈ちゃんという女の子が勤める会社の歓迎会らしい。 ついさっきまでは、その杏奈ちゃんがカウンターに座り、相葉さんと楽しくお喋りをしていたのだけど……、
「で?…そーやって仕事してますけど、火傷の具合は?どっかの店長が、大変!大変!ってメールしてきたはずだけど」
『っ、あれは…相葉さんが勝手に大騒ぎするから…。ただの軽い火傷だって言ってるのに…』
「んふふふ。そーいう人だし、お節介なのよ、元々」
今やカウンター席には、私がここでアルバイトしてまで何とか近づきたい!と思っていた、好きで好きで堪らない、二宮さんが座っていた。 それもそのはず。杏奈ちゃんの勤める会社は、二宮さんの勤める会社でもあり、彼が歓迎会に参加しているのは当たり前のことだ。 なんだったら、この歓迎会の予約をしに来たのは、二宮さんだったらしいし。
『じゃあ、なんで…、』
「んー?」
『なんで、わざわざ病院に来てくれたんですか…。大したことないはずだ、って分かってるのに…』
「……」
『っ、そもそも!意地悪しないで、きちんと番号教えてくれたら、こんなことにはならなかったのに…!』
大袈裟にグルグルと手に巻かれた包帯を、思わずギュっと握り締める。
開店前、この貸し切りの歓迎会の為に準備をしていたところ、うっかり火傷をしてしまい、相葉さんに言われるがまま病院に向かった。 好きな人にからかわれたのかも知れないと考えただけで、分かり易く落ち込む私も私だけど、それを励まそうとする相葉さんのやり方も、相当単純だと思う。 だって、手当を受けて支払いの順番を待っていると、相葉さんにメールをもらい駆け付けた二宮さんが、入口の自動ドアから息を切らして入ってきたのが見えたから。 正直、それが二宮さんだと分かった瞬間、からかわれたことも、火傷のことも、何もかもがどうだって良くなってしまったのも確かだった。
でも、やっぱり。だからこそ。 ちゃんと、これまでの真意をきちんと知りたくてしょうがないのも、確かなわけで。
「…それはさ。悪かったよ、確かに」
『はい…』
「でも、先に分かってて欲しかったんだよね。俺は、こーいう面倒なヤツだってことを、ちゃんとさ」
『先に…?』
「んふふふ。じゃないと、付き合った時にもっと苦労するでしょ?」
『…!…』
「その時に、こんなこと聴いてない!なんて文句言われても、俺は困りますから。んふふ」
『二宮、さん…』
思わぬ彼の言葉に、心臓は途端に激しく鳴り響き、顔が熱くなっていくのが自分でも分かる。 悔しいぐらい余裕たっぷりで、小悪魔に笑う二宮さんに、いつものことではあるけれど、今日は特に振り回されっぱなしだ。 しかも良くないことに、こうやって翻弄されるのが、次第に癖になってきている、私…。
「ま、これからどうするかは、小春ちゃんに任せますよ」
『え?』
「でも、たとえそっちが俺のことなんてもう嫌いでも、俺は俺でもうちょっと楽しませてもらうつもりなんで」
『…!…』
「んふふふ、よろしくね?」
そう言って、彼はビールを持ち、再びカウンター席から離れて行く。 これが癖になるって、私ってばドMなの?とか、嫌いになんかなるはずないじゃない!とか。 色々言いたいことはあるけれど、その日、二宮さんの姿をいつまでも追い続けて、心底思い知ったのはこれだけだった。
『なんて、面倒な人なの…!』
それでも、やっぱり好きだけど!
End.
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