歓迎会


side. S



品数は少ないけれど、無駄に新鮮で旨い刺身と、店長自慢のモツ煮。それに、最近ようやく出せることになったらしい、からあげ。
ビールは文句無しに最高だし、それを飲めるのがしっかり仕事終わらせた後なんだから、尚のこと良い。でも……、



「なんていうか、櫻井さんが来てから雰囲気良くなりましたよねー!」

「分かる!メリハリついてきたっていうか…やっぱ、凄いっすよ!」



おっかしいなー。なんで…、なんでこんなことになってんだ、俺?
目の前には杏奈ちゃんと……部下の、みんな?



「いや…、それは別に俺のせいじゃないと思うけど…」



あれ?いやさ、確かに言ったよ。歓迎会してくれませんか、って。
でも、それはなんつーか…。そういう意味じゃ…なくてさ?



「そんな風に謙遜しなくてもいいじゃないっすかー!はは!」

「そーですよー!俺たちみんな、やっと尊敬出来る上司が出来たーって喜んでるんですよ、本当に!」

「はは!そう言ってくれると、やっぱ嬉しいわ。これからも一緒に頑張ってな?」



さっきから、色んなヤツと色んな会話をしているけど、頭の中ではこんな風に、なかなか噛み合わない現実と、数日前の自分の行動を照らし合わせる作業で忙しくて仕方ない。


確かに、俺は彼女の提出した企画書に、歓迎会をしてくれませんか?と付箋に書き貼り付けたし、それを受けて、今朝出社してすぐに、彼女は今夜7時で大丈夫ですか?と確認しに来てくれたんだと思う。
だから、俺はもちろん!と言って、仕事が長引いて遅れてしまったのを反省しつつ、ここに走って駆け付けたわけで。
それなのに、店に飛びこんだ途端目に入ったのは、お疲れ様でーす!と親しげに迎えてくれた、大勢の仕事仲間たち。
気付けば、あっと言う間に用意されていた席に座らされ、スピーチさせられ、なんでこんなことになってんの?と彼女に問う暇も無く、注がれるままにビールを飲んでいた。



「はぁ…」



状況を整理するに、たぶん彼女は俺のメッセージを鵜呑みにして、律儀にこうやって歓迎会を開いてくれたんだと思う。…仕事仲間を全員集めて。
2人きりで、と書けなかった自分が悪いんだろーけど、それにしても、こんなのありか?
と言うのも、たとえ他に余計なヤツらがいるにしても、彼女がいるのには変わらないわけで!
それなのに、杏奈ちゃん本人はここの店長と喋ってばっかりで、近づく隙も無い。しかも、同時に俺の横にはさっきからヤローばっかだし…。もう、俺に構わなくていいから、お前ら散れ!



「んふふふ。翔さんさー、ツメが甘いよ?」

「!」



なかなか上手くいかないこの状況に内心イライラしていると、いつの間にか隣には二宮が座っていた。
杏奈ちゃんと同じ俺の部下ではあるけれど、別の部署にも関わらず、ちゃっかり“翔さん”なんて呼ぶのはこいつぐらいだ。
それでも不思議と憎めないのは、彼女と同じように、努力しているのが感じられるからだった。



「は?何がだよ」

「とぼけちゃって。あいつ…あー、杏奈のことね?分かってるとは思うけど」

「っ、!?」

「んふふふ。結構なかなかの天然だからさ、はっきり言ってやんなきゃ気付かないよ?仕事面ではしっかりしてる方だけど、普段はあいつの兄貴と似て、天然ハンパないんだから」

「っ、お前!やっぱり一緒にあのファイル…!」

「はいはい、見ましたよ。でも、今はそんなのどーだっていいでしょーが。今、翔さんが気にするべきなのは、あいつの超が付く天然さと、ライバルが多いっていう事実なはずだけど?」

「ら、ライバル!?」



バカ正直に二宮の言葉に反応していると、それを面白がるように、二宮は笑みを浮かべる。
ホロ酔い気味のくせに、しっかり上司を茶化すことは出来るんだから、ほんとマジで敵わない。
でも、俺がライバルは多いという情報にビビったのを察したのか、同情したのか。二宮は、自分の胸ポケットから2枚のチケットを取り出して、俺にこう言った。



「そんな翔さんに、良い物あげる。誰の味方になる気もないけどさ?なんとなく、翔さんが不憫でしょうがないから」

「いやいや!不憫ってなんだよ!はは!」

「んふふふ。…杏奈さ、美術館巡りとか好きだから、ここに一緒に行ってきたらいーよ。この前、行きたいって言ってたし。次は今回みたいにまどろっこしい真似しないで、ちゃんと直球よ?もちろん」

「でも…。これ、お前が誰かと行くはずだったんじゃねーの?」

「いーや?お得意様がくれたんだけど、俺はこーいうの興味無いから。だから、翔さんにあげるよ。んふふ」

「悪ぃ、な…。サンキュ」

「いーえ、どーいたしまして。ほら!杏奈来たから、仕舞ってそれ!」



急いで受け取った2枚のチケットを隠すと、今日ここに来て初めて、ようやくまともに杏奈ちゃんの顔を見られた気がした。
酒でほんのり染まった顔は、意識はしっかりしているけど、見るからに上機嫌だ。



『ふふっ。櫻井さーん!ニノー!飲んでますかー?お酒足りてます?』

「はは!大丈夫、ちゃんと飲んでる、」

「うーわー。酔っ払った杏奈は面倒だからパス〜。翔さんよろしくねー?」

「えっ?」

『ちょっとニノ!面倒って何よ!そんなに酔ってませんーっ!』



俺が言い終わるよりも早く、二宮が退席を申し出てカウンターの方へ向かうのを見ると、杏奈ちゃんが唇を尖らせて文句を言う。
二宮の突然の行動に内心焦りながらも、その、いつも仕事で見ているのとは違う彼女の表情に、心臓がドキっとしたのが自分でも分かった。


あー、やべ。完全にハマっちゃってんじゃん、俺。



『櫻井さん、からあげ食べました?小春さんっていう、新しく働き始めた女の子のおかげで、ようやく食べられるようになったんですよー』

「はは。うん、食べた。つーか、からあげ無かったんだ、っていう事実にビックリしたけど」



上着の右ポケットに入れたチケットを、いつでも取り出せるように。
そんな、なんてことないことや、時折真剣に仕事について語る彼女の話を聴きながら、密かにデートに誘うタイミングを伺っていた。
それなのに、きっかけは探せば探すほどに。キメようとすればするほど無くなっていく。
でも、だからこそ。今日は、たとえほんの少しだけだとしても、自分の気持ちを彼女にはっきりと伝えたかったわけで。



「あれ?今日貸し切り?」

『! 、潤!?』



うん、思ってたんだよ。

そう言って杏奈ちゃんが、店に入ってきたイケメンに笑顔で駆け寄るまでは…。





End.





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