駆け引き上手?


side. N



「有り得ない…。なんで、俺が相葉さんの店に予約しに行かなきゃいけないんだよ…」



まだ太陽が高く昇る午後3時。会社から相葉さんの店までの道を、そう愚痴を零しながら歩く。
昼間と言えども、もう10月下旬。冷たい風を受けると、やっぱりスーツだけじゃ寒く感じる。それなのに、わざわざそんな寒い思いをして外を歩いているのは、同期の杏奈に用事を頼まれたからだ。
何でも、つい最近ヘッドハンティングされてうちの会社にやってきた、イケメン上司(他の女子社員がそう呼んでいるのを聴いた)こと櫻井翔の歓迎会を、相葉さんの店でやるらしい。だから、外回りのついでに店に寄って予約してこい、とのことなんだけど…。



「ってか、あれはどう考えてもデートの誘いだろ。本当に歓迎会やるバカ、どこにいるのよ…」



企画書を見てもらい、それを手直しするよう受け取ったのが、ちょうど昼飯にする休憩前。一緒に食べる約束をしていた俺は、食事の席でも書類と睨み合いをする杏奈を、隣に座って眺めていた。
2人であーだこーだ言いながら意見を出し合い(俺には関係ないけど、同期の好で協力はしてあげますよ、一応ね)それでもまとまらない企画に笑っていると、最後のページに異変があることに気付く。
そこには、手直しのヒントとなる書き込みと一緒に、付箋の上に載せられたメッセージ。


“この間の居酒屋で、俺の歓迎会してもらえませんか?櫻井”


あの上司もなかなか鈍そうだけど、杏奈も相当だ。
上司と部下になる前に、どういうきっかけで出会ったのかは知らないけど、互いに意識しているのは傍目からでも分かる。それなのに、どっちもバカ正直に仕事だけして、挙句、これだ。
歓迎会を…なんて遠回しなことしないで、普通に食事に誘っちゃえば、あとはどうにでもなるだろーに。今時、そんな学生みたいな恋愛の仕方、立派な大人がやることじゃないでしょーよ。



「…それに、さっさとくっついてくれれば、俺もこうやって仕事中に相葉さんに会わずに済むのになぁ〜!もう…」

「おい!どういう意味だって、それ!てか、開店前に押しかけといてそーいうこと言う!?」



店に着いて、終わらない愚痴を零しながら予約をしていると、相葉さんが大きな声を出す。
うるさいなぁ、そういうテンションが面倒臭いって言ってるんだよ、なんて返すけど、俺のツッコミをこの人は本気にした試しが無い。俺が場を盛り上げる為に、わざとこんな言い方をしてるんだとでも思っているんだろうか、もしかして。



「てかさ…。あなたもそんな風にのん気に予約受けてるけど、いいわけ?言っちゃ悪いけど、杏奈のその新しい上司、本当にイケメンで仕事も出来る人だし、ぼんやりしてるとマジで持ってかれるよ?」

「なっ…!べ、別に、俺は杏奈ちゃんのこと可愛いお客さんっていうか、妹みたいっていうか、それだけで!そりゃ確かに良い子だし可愛いけど、別にそれ以上の気持ちなんて持ってないし、それに、」

「あ〜!はいはい、もういいよ、だったら。でも、あの子それなりにモテんだから、気を付けなさいよ?親友だって、なかなかのイケメンみたいだしね」



カマをかけたつもりの俺の追及に、相葉さんがバカ丸出しで慌てふためき、今時甘酸っぱい恋愛をしてるヤツがここにもいたか、と思う。
正直、ほぼ毎晩ここで杏奈と2人で飲み食いしてる俺には、あいつの女としての魅力は分からないし、たぶんそれは杏奈も同じだ。
なんていうか、どこまで行っても友達以上の関係は考えられないっていうか、そんなことがあったら奇跡だとお互いが思っているのが、なんとなく分かる。
初めて研修で会った時は、それなりに可愛いな、とか思ってたけど、今は良い意味で何も感じなくなっていた。てか、俺を異性と見ない女なんて、その時点で恋愛対象外になるのは当然だ。


そんなことを考えながら歓迎会の参加予定人数を数えていると、相葉さんが仕切り直しとばかりに、再び大きな声を出す。
この人は、杏奈にもそうだけど、本当にお人好しっていうか何て言うか……。



「じゃあさ!だったら俺もこの際だから言わせてもらうけど、いい加減ニノも小春ちゃんの気持ちに応えてやんなよ!」

「…はい?」

「分かってるんでしょ?小春ちゃんが、ニノのこと好きなの!分かってるくせに、焦らすように店に来なかったり、来てもからかって遊んだりして〜っ!可哀想じゃん!」



相葉さんが、形勢逆転とばかりに真剣に俺を見つめる。
この人が言う小春ちゃんとは、つい最近ここでアルバイトとして働くようになった女の子のことで、今やこの店の看板娘となった子のことだ。杏奈からの執拗な誘いや、周りの常連客、それに相葉さんの空気から察するに、彼女が俺のことを好きなのは確かに否定しようが無い事実と言える。
なぜなら、注文した料理が他の客よりも微妙に多かったり、おまけでビール出してくれたり。それに、俺が彼女が作ったからあげを美味しいよ、と言った時も、嬉しそうに頬を染めていたこともあったっけ。


そんな様子を見せられて、もし気付かないヤツがいるとしたら、鈍感にもほどがある。
つまり、相葉さんに言われなくても、もちろん俺は気付いているし、同時に、確かに分かった上で彼女のことを焦らしたり、からかったりして遊んでいた。
でも、それを可哀想だなんて、それこそ俺は勘違いだと思うわけで。



「…いいんだよ。あの子と俺は、今はこのままで」

「え?」

「小春ちゃんと俺は、そーいう駆け引きを楽しむタイプなの。あなたや、杏奈みたいな子供と違ってね」

「はあっ!?ちょ…どーいう意味だって、それ!今、バカにしたでしょ!?絶対!」

「ああもう、本当に面倒臭いなぁ。いいから、さっさと予算を計算しなさいよ、ったく…」



そう言って、俺はさっさと歓迎会へと話題をシフトさせる。
逃げとも捉えられるようなやり方かも知れないけど、俺はわざわざ自分の恋愛を他人に話したり、相談したりするようなタイプじゃないだけ。
第一に、こんな甘酸っぱい恋愛してる人たちが、俺のやり方を理解出来るわけが無い。恋愛は、押したり引いたりの駆け引きがあってこそ、より楽しめるもの。そう信じてる、俺みたいな考えなんて。


しつこく粘る相葉さんに、そう言う。
すると、じゃあせめて!と全く納得していない表情のまま、最後にこんな風に詰め寄った。だから、俺もそれなりの返事をしてやることにする。



「小春ちゃんのことはさ、結局好きなの?嫌いなの?」

「んふふふ。言ったでしょ?俺と小春ちゃんは、“今は”、このままでいいんだって」

「ニノ…!」

「だから、彼女にも言っておいてよ。諦めなければ、俺はその内きちんと応えてあげる男ですよ、ってね。分かった?」



そう言って、予約表の紙に付箋を貼り、そこに自分のケータイ番号を書く。
どうしようもなくベタだけど、時には甘酸っぱい恋愛の真似ごとをするのも悪くない。


何だったら、これも駆け引きの内だしさ?





End.





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