Dear, Diary [Chap.1] -2/9


「今日から、みんなの英語の授業を任されることになりました、櫻井翔です。よろしく」



教室中に巻き起こる、女子生徒の悲鳴のような声。突然の歓声に一瞬たじろぐ、黒板前に立つ人。それを面白くなさそうに見る、男子生徒。
まるでドラマのような、映画のような1シーンを目の当たりにして、私は少し遅れを取った。
こんな感じのシーンを、数日前にも見たような気がする。



「えー…っと。始業式に挨拶したとおり、赴任してきたばかりで、正直色々分かんない。なので、不慣れなところもあるかと思うけど、一応先生なんで、教えることだけは得意だから。授業で分からないことがあったら、いつでも訊いてな」



最後を締めくくるのは言葉ではなく、教師とは思えないぐらいの爽やかな笑顔。
その笑顔に、また女子生徒はいちいち反応して、男子生徒もいちいち反応する。
置き去りにされていた私は、何度も起こるデジャ・ビュと先生の言葉で、この光景が3日前の始業式のコピペだと、ようやく気付いた。


こんなカッコイイ人が先生だなんて、何かの間違いだとしか思えない。



「じゃあ…、どうすっかなー。初日だし、みんなの顔と名前も覚えたいし、順番に自己紹介でもしてもらうか。もちろん英語で」



そう言うと、今度は打って変わって、非難めいた声が湧き上がる。今度は女子も男子も、一致団結して。
でも、何所吹く風といったように、本人は出席番号順に始めるよう促す。
すると、クラスメイトの1人が悪ノリしたらしく、こんな声が教室に響いた。



「だったら、まずは先生がお手本見せて下さーい!」

「…!…」

「先生が本当に英語喋れるのか、俺ら知らないしー。教えることは出来ても、喋れなかったらこれからの時代、俺らは困るんでー」



明らかに悪意を感じる発言に、顔をしかめて、瞳を鋭く光らせる。さっきまでの爽やかな笑顔は、どこかに姿を消してしまった。
他の生徒も口では“えー”とか“やめなよ”とか言いつつも、このカッコイイ先生がどこまで出来るのか図っているようで、期待を込めた目で先生を見つめている。
というか、たぶん女子の大半は、先生が英語を喋っている姿を見たいだけだと思うけど。



「先生、早くお願いし、」

「Hello, my name is Sho. I’m a teacher. I was 29 last January. I like music, and at age 10 I took up the piano. I’m very busy with my work so I don’t have much time off. On my days off I usually spend time with my friends.」

「………」

「It’ll take me a while to learn the ropes, so please bear with me during transition period. ……これでいい?」

「は、い…」



言い終わるよりも早く、先生が先に英語で自己紹介を始めた。それはもう、流暢な英語で。
教科書みたいに、お手本のような綺麗な発音に、クラス全員が息を呑む。
しかも、最後の一文はほぼビジネス英語みたいになっていたのに、“今の俺みたいな中学レベルの英語でいいんだから、ちゃんとやれよー”なんて言う。



ルックスだけじゃなく、中身もカッコ良かった先生。
ますます女子生徒からは熱い眼差しを。男子生徒からはさっきとは真逆の、尊敬の念がこもった眼差しで迎えられている。
でも、それだけじゃない。私の隣の席から、彼の魅力に拍車を掛けるような一言が、また飛び出した。



「ねー、翔ちゃーん!サッカーも出来ることは、言わなくていいのー!?ひゃひゃひゃ」

「え?……あ、なんだ。相葉、このクラスだったんだ?大人しくしてっから、全然気付かなかったわ。はは!つーか、聴き取れたんだ?今の自己紹介」

「ちょっ、…待てって!先生のくせに酷くない?!サッカーって単語が出てきてないことぐらい、俺だって分かるっつーの!」

「ははは!しかも、そういう聴き取り方なの!?」



2人の軽妙なやり取りに、全体の空気が緩んでいく。
あっと言う間に、笑い声はクラス全員へと伝染していった。



「みんなー!この先生ねー、俺らサッカー部の新しい顧問なの。見た目なんでも出来そうだけど、実はそうでもないからね、この人!サッカーだけは得意みたいだけど」

「ぅおい!相葉!」

「ひゃひゃひゃ!とにかく良い先生だから、みんな大丈夫だよ!大丈夫だからね〜!」



いつの間にか立ち上がり、クラス全員に呼び掛けをしている相葉雅紀は、どうやら先生と仲が良いらしい。
そういえば、1年の時はずっとバスケをやってたけど、今年はサッカーをやることにしたんだと、休み時間に聞いた気がする。
にしても、先生を既に“翔ちゃん”呼ばわりしているなんて、やっぱりこの人も相当凄い……、



「つーか、相葉。部活の時も言ってるけど、ちゃんと“先生”な?」

「え?」

「あと、自己紹介はお前が一番最初だから」

「え、マジで?!ねえ、でもそれよりさ?翔ちゃん、今日の部活って、」

「っ、お前、いいから始めろって!何、無視してんだよ?!つーか、“翔ちゃん”じゃなくて“先生”だ、つってんだろーが!」



窓の外を見れば、桜の花びらがヒラヒラと舞ってる。
それを視界の端で捉えながら、英語のノートに“櫻井翔”と書き込む。



――― 結局、自己紹介は私のところまで回ってこなかった。






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