私のヒーロー - 7/10


その後、戸惑う私を無理矢理に教室へ向かわせ、大野が戻ってきたのはちょうどお昼休みで、教室に残るクラスメイトもまばらな時だった。
きちんと、あれだけ探しても見付からなかった私の靴を、大野は探し出してくれていた。



『あり、がとう…』

「んふ…。うん。良かったね、夕城さん」



素直じゃないなりに、精一杯ありがとうを伝えてみたけれど、大野は朝の真剣な面持ちとは違い、いつも通りのふにゃっとした笑顔で返すだけだった。
それなのに、不思議に私の心臓は今までと違った速さで鼓動を刻み、大野もそれ以降、遅刻することはあっても、授業をエスケープしたり、教科書を忘れたりすることは無くなった。


少しずつ何かが分かり、少しずつ何かが変わり始める。
でも、そんな日々が終わりを迎えるのは、思っていた以上に簡単なことだったらしい。



「今日のHRは席替えするぞー」

『え……?』

「クラス委員長、夕城〜?クジ作って、進めといてくれなー。先生出張だから、後は宜しく頼むぞー?」

『あ…。は、はい…!』



突然の席替えに、上手く状況が呑み込めない。クラス全員が喜んでいるのに、あれだけ席替えを望んでいた私が、なぜだか嬉しくない。
でも、担任の先生の言いつけに、クラス委員の私が背くわけもいかなく、言われるままに席を立って、黒板の前へ向かう。



「っ、…夕城さん!?」

『!!』



その瞬間、突然手首を掴まれ、立ち止まった。振り向くと、大野の綺麗な手が私の手首に伸びている。
そして、またあの時のように、少し躊躇いがちに私を見つめ、でも、しっかりとした口調で言葉を紡いだ。


なんだか、触れてる手が凄く熱い。



「今まで…、ごめんね?迷惑ばっかりかけちゃって…。夕城さんは優しいから、つい甘えちゃったけど、きっとうんざりだったよね、俺のこと…」

『そんなこと…』

「でも、…でもね?夕城さんはごめんだ、って思うかも知れないけど、俺はまた夕城さんの隣になりたいよ?凄く…」

『え…?』

「だから、…っ、だから!…もし次、また隣の席になったら、今度こそ迷惑かけないし、夕城さんのことも護る、俺。だから、」

『ちょ、…ちょっと待って!何言ってるの、また隣になんてなれるわけ…、』



大野の気持ちが、掴まれた腕から伝わってくるような感覚。自惚れかも知れないと思いつつも、凄く嬉しくてドキドキする。
でも、普通に確率を考えれば、もう大野と隣同士になるなんて、詐欺行為でもしない限り絶対無理なことだ。
それなのに、その言葉を口に出せないまま、大野の真剣な瞳から目を逸らすことは出来なかった。



「なるよ、絶対」

『………』

「…だから、その時はもう1回やり直させて?ちゃんと夕城さんのこと、護ってみせるから」



その後も大野の瞳は私だけを捉え続け、あの時と同じように、なんだか泣きそうになった。そこで、ようやく私は翔の言葉を理解する。
翔が言っていた大野の一面は、こういう大野であり、私が今まで知ろうとしなかった一面なのだ。
そういうことだったのか、と思う気持ちと、今更になって気付く自分の鈍さが悔しくて仕方ない。私こそ、やり直せるんだったら、やり直したい。


今度は、もっと素直に向き合って。



『26番…』



私と大野も含む、クラス全員がクジを引き終わり、それぞれ開票していく。
誰もが楽しそうに、笑い声を上げながら机を移動させていて、教室中が賑やかに響いた。



“隣になんかなれるわけない”



そう思っているはずなのに、同時に奇跡を望んでる自分がいる。

思わず、引いたクジの紙を、ギュッと握り締めた。






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