私のヒーロー - 4/10


『もう、本当に最悪ーっ!せめて席替えして、隣の席っていう立場だけでいいから失くしたい…!』

「ははは!すげー切実。そんな大変だったの、今日は?」



全ての授業が終わり、陽も落ちてきた放課後の生徒会室。幼なじみであり、この学校の生徒会長でもある翔と、ベランダに立って愚痴を聴いてもらう。
何の偶然か、今朝、大野も買っていたのと同じカフェオレを翔が奢ってくれて、忘れたいのに忘れられない感じが悔しくて仕方ない。



『大変なんてものじゃない!しかも、これが毎日のようにあるんだからね!?もぉ〜…いつになったら席替えするんだろ…』

「もう、そろそろじゃね?テストも終わったし。まあ、クラス違うから何とも言えないけど」



翔は大野とは去年、クラスが一緒で仲が良かった。だからこそ、こうやって話しを聴いてくれるし、励ましてもくれる。生徒会長や幼なじみという肩書関係無しに、私の唯一の理解者だ。
ついでに言えば、ファンクラブがあるとか無いとか、理解し難い噂も流れるぐらい女子からの人気があるけど、小学生の頃から知ってる私にとって、翔のルックスの良さは特別なものじゃない。
中学の頃は仲が良いことを理由に嫌がらせされたこともあったけど、ここまで付き合いが長いと、いい加減周りも分かってきたのか、そういうことはなくなってきた。



『なるべく早く、席替えして欲しいんだけどなぁ…』



ベランダの手すりに頬杖をつき、夕焼けの空を眺めながらこんな風に呟くのは、大野の世話が疲れるからだけじゃない。
ある意味、翔以上に理解出来ないことだけど、大野もなかなか女子に人気があって、今度はそのとばっちりを受けている最中だからだ。
今日だって連れ戻した後、教科書を見せてもらう為に大野が机をくっつけてきたのを見て、非難めいた視線と声を密かに浴びせられた。
どうせヤツはすぐに眠りだすんだから、距離が近くなったって何の意味も無いというのに、本当に馬鹿げていると思う。



「てかさ。別に智くん、悪い人じゃないよ?意外にしっかりとしてるところもあるし…」

『っ、あのね!?授業をサボったり、関係無い人間に迷惑かけたりするのは、十分悪いことでしょ!?』

「でも、別にそういうつもりでやってるワケじゃないと思うけど…。基本、智くん自由人だし…」

『無自覚が一番タチが悪いっつーの!…ああ、もう!そうやって翔は、結局いっつも大野の味方するんだから!』



唯一の理解者、なんて撤回してやろうか。
仲が良いのは承知だし、人の悪口を言えるようなタイプじゃないとは分かっているけど、毎回こんなオチになっては相談する意味が無い。



「い、いや、でもさ?確かに智くんっていつもぼんやりしてたり、ちょっと…いや、かなりマイペースだけど、やる時はやるんだって!」

『はあ?』

「意外に熱い、っつーか…。すげー頼りになる人だと思うんだけどなー、俺」

『そういう風には見えないけど…』

「それに、もしかしたら何か考えがあるかも…、いや、ねーか…。あの人のことだから…」

『…ねえ、さっきから大野のこと褒めたいの?けなしたいの?』

「はっ!…もしかしたら、杏奈のことが好きで、それで構って欲しくてわざとやってるとか!?」

『………』



独り言のような翔の語り口に、途中から既に呆れ気味だったというのに、今まで以上に有り得ないオチだと思う。
一体何を言ってるのか、この男は…。



『バカじゃないの?てか、笑ってるけど全然面白くないからね』

「きっついな〜…!一刀両断かよ…」



翔はそう言うけど、私の言うことはもっともなはずだ。たとえ疎ましく思われることはあっても、好かれるなんてことは決して無い。
第一、大野が私を好きになるきっかけも、要素も、どこにも見当たらないじゃない。


私はただの隣の席で、クラス委員、ってだけなんだから。



「…ま。でも、俺の意見は変わんないけどな。智くんはいいヤツ。だから、杏奈もムキになんないで頑張れよ。な、“クラス委員長”?」



そう言って、私の頭にポンと手を乗せる。私と幼なじみで同い年だというのに、翔はいつだってどこか“お兄ちゃん”だ。
いつも“お姉さん”扱いされる私にとって、嬉しいけど余り居心地の良いものではない。なんだか、どこかくすぐったいような感覚になる。



『その立場、今、私が“隣の席”と同じくらい、一番捨てたいものなんだけど』

「ははは!まあ、クラス委員はどうにもならないだろうから、次の席替えに期待する、ってことで」

『ふふ。…うん』

「おしっ。…とりあえず、もうこんな時間だし、そろそろ帰っか!仕事しない癖にいつまでも残ってると、先生に怒られるし」



それでも、翔と話すことで心が軽くなるのは、紛れもない事実だった。
絶対的に私の味方ではないけど、翔の大野に対する評価を信じようと思えるし、頑張ろうとも思える。
たとえ、どれだけ体力を消費しても、どれだけ先生に嫌味を言われても、どれだけ疎ましく思われても、どれだけ…、どれだけ…。


どれだけ、嫌がらせされたとして、…も。



『また…』



翔と一緒に生徒会室を出て、それぞれの下駄箱に向かったところまでは良かったのに、自分の下駄箱を見て心臓がズキっとした。
そこにはあるはずの自分の靴が無く、ここ数日間、こんなことがずっと続いている。



「杏奈ー?どーしたー?」

『…!…』



いつまでも靴を履いて出て来ない私に、少し離れた場所から翔が呼び掛け、こっちに向かってくる。
中学の頃も翔が原因で同じようなことがあっただけに、なんとなく知られたくないし、知られることで自分が弱くなりそうで嫌だった。
でも、そう思って慌てた瞬間、周りを確認すると、使われていない下駄箱に自分の靴を発見し、ほっとする。



「杏奈…?」

『ああ、ごめん。ちょうど、友達からメール来たところで、手間取っちゃった。さ、帰ろ!』



不思議そうに私を見る翔を無視して、出口へと歩いていく。


正直、誰がこんなことしているのかも分からない状況は、怖くて仕方ない。けど、まずは自分で立ち向かわなくちゃ。自分で、なんとかしなくちゃ。
だって、私はヒーローがこの世界にいるなんて、1ミリたりとも信じていないから。






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