私のヒーロー - 3/10
出来る限りのスピードで階段を駆け上がり、勢いよく屋上のドアを開けた。 私も大野を探すのは慣れたもので、下駄箱に本人の靴はあったし、中庭にもいないんだったら、もうここしかない。ヤツの行動パターンはお見通しだ。 どうせ、今日は天気が良くて空が青い、とかそんなところで、大した理由は無いのだ。 きっと、また寝ているか、気まぐれに絵を描いているかの、どっちかに決まっている。
『いない…?』
広い屋上に出ると、風が優しく吹き抜けた。ある意味、これもいつもどおりのパターン。なのに、想像していた姿が視界に入ることはなく、一瞬焦った。 でも、うろうろ困りながら歩いていると、私が入ってきた入口ドアがガチャっと開く音がする。まさか……。
「あれ…?夕城さんも屋上に来たの?珍しいね」
『!!』
「んふふ…。でも、今日すっごく天気いいもんね。そりゃ、夕城さんだって、少しはこういうことしたくなるか」
『…っ、』
「あ、カフェオレ買ってきたんだけど、夕城さんも飲む?」
振り向くと、そこには予想通りの大野智の姿。 状況を自分なりにまとめると、どうやらヤツはここに来る前にカフェオレを売店で買い、そのせいで私の方が先に屋上へ着くというミラクルが発生したらしい。 しかも有り得ないことに、私も自分同様、授業をエスケープしてきた仲間だと勘違いしていて、あろうことか、カフェオレ飲む?なんて、ピクニック気分で誘ってくる。
何、この状況……。
『っ、飲まないわよ、バカーーっ!!ってか、私が一緒に授業サボるワケないでしょ!?』
「え…、違うの?」
『…っ、あのねぇ…!』
相変わらず大野は呑気で、話しているとこっちのペースが崩されそうになり、ちょっとやっかいだ。 こっちがどれだけ急かしても、常に柔らかい言葉のリズムを保ったまま。焦って怒っていると、なんだかバカらしくなってくる。
『もうっ!ピクニックやってるんじゃないんだからね!?あと少しで授業始まるんだから、さっさと教室戻るわよ!』
「…せっかく、こんなに天気良いのに?もったいねぇよ〜」
『っ、そんなのが理由になるんだったら、みんな授業出ないわよ!あんたが戻らないと、私が先生に怒られるの!早くカフェオレはカバンに仕舞って、教室に戻る!』
「ははは。なんか、夕城さんの方が先生みてぇだなぁ〜!」
私が逃げないように大野の手首を掴んで歩き始めると、ほんの少し屋上を名残惜しみながらも、一緒に足を進める。 そんな風に叱られた子供のようにされると、私の方が悪いことをしている気分にもなるけど、意味も無く先生に怒られるのは、もういい加減にうんざりだ。 なのに、大野が素直に教室に戻ってくれることに密かに感謝していると、突然階段の踊り場でその本人が立ち止まる。
『? 、何?』
「あ、いや…。次の授業の教科書忘れちゃったかも、もしかしたら」
『は?』
「だから、夕城さん一緒に見せてくれる?」
『…っ、…』
「ダメ?」
悪びれた様子もなく、マイペースに教科書を忘れてきたことを報告する大野。 せっかく連れ戻せて一安心、って思っていたのに、授業中もヤツを世話しなくちゃいけないなんて、本当にツいてない。
『っ、分かったから、早くして!』
「んふ。ありがと、夕城さん」
授業に参加させるまでがクラス委員の仕事、そして授業をしっかり受けさせるのが隣の席の仕事。
そして残念ながら、私はそのどちらの役目を担っているらしい。
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