a Green Xmas. 12/24 ('10) - 3/4
side. A
クラブ内でDJがかけていた音楽が、まだ少し耳に残っている。外に出ると、空気が白く漂っていくのが見えた。
『やっぱり雪は降ってなくても、外に出ると少し寒いかも。雅紀、マフラーもしてないけど寒くないの?』
「うん、大丈夫だよ?もうなんかね。俺、ちょっと踊り過ぎて熱くなっちゃった。ひゃひゃひゃ。しかも、勧められるがままにお酒もガンガン飲んじゃったし!」
『ふふっ…。まだ、クラブ二つ目なのに』
杏奈が真っ白のコートを着て、笑いながら言う。色素の薄い髪と肌の色は、この季節には面白いぐらい溶け込んでいて、無意識にジッと見つめてしまうぐらい。 そして、ふと“天使みたいだ”と思うけど、原因は杏奈のルックスだけじゃなかった。
「でもさー、ほら!今日はクリスマスだし!ね?!」
12月24日、俺が初めて杏奈と迎える、クリスマス・イヴ。 出会った頃に比べると、俺たちの距離もだいぶ変わってきていた。未だにオッド・アイの奥に潜む影は取り除けないけど、前よりもずっと、俺に見せてくれる笑顔は増えたと感じる。 今日だってダメ元で遊びに誘ってみたのに、快く俺と一緒にいてくれて、それが凄く嬉しかった。
たとえ、伝えたいことは、まだ何一つ伝えられていなかったとしても。
『ふふ…。だからって雅紀は飲み過ぎだと思う。テンションが、もう完全におかしいもん』
杏奈と一緒にいたい、とか。 杏奈を護りたい、とか。 杏奈のことが大好きだよ、とか。
それに、今日は俺の誕生日なんだよ、とか。
「ええ〜?!そっかなー?俺、おかしい?酔っ払ってる?確かに、なんか視界が歪んでる気がしなくもないけどさぁ〜!ひゃひゃひゃ」
どうしても、自分の誕生日であるこの日は、杏奈と2人でいたかった。 そうすれば、俺が今、杏奈にとってどんな存在なのか、分かる様な気がしたから。名前も顔も知らない“友達”に、どこまで近付けたのか、知りたかったから。
なのに。
「杏奈〜!!」
『! 、ちょっと…!…雅紀?!』
ズルイぐらいに酔っ払って、冬空を見つめる杏奈を、後ろからぎゅっと抱き締める。 不安でいっぱいの俺は、その勢いを借りて、ようやく“伝えたいことの一つ”を口に出せる。
「ねえ、杏奈?俺ね、実は今日、誕生日なの!知ってた?」
『え?』
「知らなかったでしょ?ひゃひゃ。だからね、杏奈と一緒に過ごせて、俺、ちょー嬉しいの!」
『雅紀…』
「これを機会に、俺の誕生日だってこと覚えててね!つって!ひゃひゃ」
そう言って、杏奈に回した腕を、もっと強くする。このまま、もっと暴走出来たらいいのに、と思いながら。
唇から洩れる、白い吐息。頬をくすぐる、柔らかい髪。抱き締めれば抱き締めるほど、近くなるピーチの香り。 その全てを、自分のものにしたくて仕方ない。それなのに、この想いを伝えることすら出来ないでいる。 本当は酔っ払ってなんかいないのに、フリをしなくちゃ、誕生日だってことも伝えられない。
“いつから、俺はこんなに臆病になったの?”
そんな内なる声が聞こえたような気がして、体を離そうと、腕を緩めかけた時だった。杏奈が空を見つめたまま、静かに呟いた言葉に、図書館で読んだ内容を思い出す。 思わず、涙が零れそうになった。
『“グリーン・クリスマス”…』
「え?」
『…雪の降らないクリスマスのこと。…ふふ。クリスマスが誕生日だなんて、やっぱり雅紀は“グリーン”で合ってた』
「…!…」
『ね?』
「…うん。…そうだね」
中立、平和、バランス。それに、安全。グリーンという色が持つ意味は、この4つの言葉で溢れていたっけ。
でもね、杏奈。
俺は杏奈にとって、中立でもいたくないし、安全な存在でもいたくないの。 心の平和も、バランスも保てなくても良いから、杏奈を一番近くで感じていたいの。どうしても、君が欲しいの。
「ねえ、杏奈…?」
『…何?』
「……なんでも、ない…」
けどさっき、この腕を緩めた瞬間には、もう分かってた。きっと俺は、杏奈の言うとおり、グリーンという色が合ってる。 今だって結局、大切な言葉を呑み込んじゃった。
だから、その代わり。何度も心の中で繰り返すんだ。
“10、数えるよ。だから、それまでに俺の気持ちに気付いて。”
何度も、何度も。 この想いを、いつか伝えられるまで。
End.
→ あとがき
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