Blueberry. 8/30 ('10) - 1/2
side. M
「まーた、来てたんだ?」
『潤…』
声を掛けると、暗がりの中でオッドアイがライトに照らされ僅かに光る。右が黒で左がグレーのその瞳は、今夜も切なく俺を捉えた。 ああ。やっぱり、俺とこいつは似てる。
ここ数週間、毎日のようにここに来ている杏奈の名前を知ったのは、3日前。 DJは最高だけど、余り評判の良くないヤツらばかりが出入りするこのクラブで、杏奈はただひたすらに、フロアを壁際でジッと見つめていた。 踊るわけでも、酒を飲むわけでもない。でも、妙なオーラを放つ様子とルックスが良いのもあり、杏奈は当然のことながら目立っていた。 誰もがハイエナのように狙いを定めていたのを、俺が先に行動してみたのが全ての始まり。その時にようやく名前と、左右違う色をしたオッドアイに気付いたのだ。
それが、まるで自分自身を投影するような、哀しくて切ない瞳だということにも。
「…お前さー、毎日毎日、何しにここに来てんの?誰とも喋らないし、踊らないし」
『………』
「いまいち、意味が分からない、っていうか」
言いながら、同じように杏奈の右隣で壁に寄りかかる。 そう疑問をぶつけると、舐めていたブルーのキャンディ・スティックを口から外したのが横目に見えた。
『…別に。意味なんて無い。ただ、他に用も、…会う人もいないから』
「ふーん…」
『…潤だって何しに来てるわけ?前は、もうちょっと派手に遊んでたイメージがあるけど』
「俺のこと、知ってたんだ?」
『…目立つから』
そう言うと、またキャンディを口に含む。鮮やかなブルーのキャンディは、グレーのベアトップのワンピースに綺麗に映えている。 ただ、古ぼけた黒いキャップを被っているせいで、オッドアイが何を見ているのかは分からなかった。 もし、“お前に会いに来てるんだ”なんて言ったら、こいつはどんな反応をするんだろう?
「………」
初めて声を掛けた時から気付いていた、この感情。あまりにも自分らしくなくて、なかなか認めづらいところがあるんだけど、どうにも無視出来ない。 どうして、俺はこんなにも杏奈に惹かれているんだ?
「…なあ。せっかく可愛い顔してるんだから、こんなキャップ被るのやめたら?その方が、もっと他の男にも誘われやすくなるだろ」
『…何、それ』
「そーいう目的でここに来てるんじゃねーの?じゃなきゃ、もうちょっとまともなクラブに行くはずだし」
『っ、何にも知らない癖に勝手なこと、……ちょっと!?返して!』
杏奈が言い終わらないうちに被っていたキャップを奪うと、切なく陰っていた瞳は一転して、生気を感じるような強い瞳で俺を睨む。 なんだかそれが妙にムカついて、キャップを被ってみると、怒る理由が何となく分かったような気がした。
「…?……」
杏奈のつけるピーチのボディ・バターに混じる、微かな男の匂い。 香水でも、煙草の香りでもない。本当に僅かだけど、汗が混じっている、でも清潔な男の匂い。 分析を続けようとするけど、誰もが注目するほど、大きく返して!と叫ぶ杏奈に戸惑いは隠せなかった。反省してキャップを返すと、またキッと睨み、それを被り直す。
「…大切なものなんだ?」
『………』
「男から?」
『…昔、友達に貰ったの。誕生日に』
「…そっか」
キャップの隙間から見えたのは、涙が溢れ出しそうになっているオッドアイ。涙を止めるために、きつく歯で噛み締められている、口に含まれたままのキャンディ・スティック。 その様子にため息を吐きながら、再び壁に寄りかかる。そして、また同じことを思う。
本当に俺にそっくりだな、と。
「………」
誰かに愛されたい。誰かに必要とされたい。だから、独りでいたくない。 一見、人生を楽しんでいるように見えるのに、何をしても満たされない。頭の中では“人生は未完成なもの”と分かっていても、必死で失くしたピースを探してる。 その行為が自分をより苦しめているのにも気付かないで。
切ない瞳は、そういう証だ。俺も、杏奈も。
「なあ…。それ、ちょうだい?」
『え…?』
でも、もし失くしたピースがそこにあるなら、少しは必死になってみるのも悪くない。 キャンディのスティック部分を、握っていた杏奈の手と一緒に触れると、すり抜けるように、唇から鮮やかなブルーのキャンディが姿を見せた。
『…!…』
――― そして、その唇に、そのままキスをする。
甘酸っぱい、チープなブルーベリー・キャンディの味。 ゆっくりと味わうようにキスを続けると、受け取ったキャンディが床に落ちるのが分かった。しばらくした後に静かに唇を離すと、オッドアイと目が合う。
涙は、もう無い。
「…俺も今日、誕生日なの。別にいいでしょ?これぐらい」
『…バカ、じゃないの…』
これが、俺と杏奈の出会い。 煽るような、DJが奏でるHip Hopの音楽。目眩がするような光るライトに、煙草の煙。暗がりの中の、秘密のキス。 すべての始まりで、すべてが熱帯夜の8月30日での出来事。そして、ブルーベリーのキスの意味は、“一途”だ。
もっと早くこの感情を認めていれば、今、こんなにも辛い想いはしなかったかも知れない。 それでも、この日の行動に後悔はしていなかった。
必死になるのも、一途になるのも、悪くは無いと、今なら思えるから。
Blueberry. 8/30
(一途になれたのは、相手が君だから。)
End.
→ あとがき
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