再会 - 6/12


子犬の青年の後ろから聴こえた、甲高い大きな声。
その声に彼はギクっと振り向き、私はこちらに向かってくる、細身のスーツに身を包んだ青年に目を凝らす。
少し緩められたネクタイと、ポケットに手を入れたまま歩いてくるのを見て、子犬の彼とはまた違ったタイプだということはすぐに分かった。



「ここで何やってんのよ。あなたの仲間、みんな探してるんだけど」

「ニノ…!」

「俺にまでとばっちり来て、探してくれって言われるし、マジで迷惑。何してんのよ、こんなとこ、……あ」

『!』



小柄で可愛らしいルックスなのに、清々しいほどの辛辣な物言い。そのギャップに驚いていると、私の存在に気付いたのか、気まずそうに顔を歪めた。
スーツの彼には首からではなく、ジャケットの胸ポケットにネームプレートが付けられている。つまり、やっぱり彼も子犬の彼同様、同じクルーズスタッフらしい。
緩められたネクタイをきちんと締め、軽く会釈をする姿は、3秒前の態度とは打って変わって、正に豪華客船のスタッフという感じだ。



「…失礼致しました。お客様の前で…」

『ふふっ…。いえ、そんなこと』

「「?」」



恐らく、どちらも私より年下のせい。その完璧に仕事に徹することが出来ない若い部分が微笑ましくて、ついつい笑ってしまう。
だって、犬を追いかけて大騒ぎしていたのも、大きな声で仲間を呼ぶ声も、他のゲストが知らないとでも思っているんだろうか?
そういう残念なミスを知らず知らずの内にしていたことが自分もあったなー、とふいに思い出してしまった。潤とはまた違う、幼さだ。


すると、スーツの彼は私の服に付いた子犬の毛に気付き、再び顔を歪めた。そして、すぐに隣をジロっと睨む。



「相葉さん、またあんた、サブにリード付けないで散歩させてたわけ?お客様に迷惑かかるからやめなさいよ、って言ったでしょーが!」

『!』

「そ、それは…!」



会話の内容から読み取るに、良くあることなのか、色んな意味で、手慣れたようにスーツの彼はまくし立てた。
それを受け止める子犬の彼も、私に謝った時以上にシュンと落ち込んでしまうのが、また可愛いのだけど。



「はあ…。こいつが何か迷惑かけたようで、本当に申し訳ありません。こちらから伝えておくので、そちらのお洋服はクリーニングサービスの方まで持ってきて頂けますか?もちろん、お代は結構ですので」

『え?でも、別に大したことないし…』

「いえ。こいつの為にもならないので、ちゃんとそこは対応させて下さい。もし何かあれば、カスタマーサービスの方でどんどんクレームも言ってくれて結構なんで」

「ちょっ…!それ、困、」

「自業自得だろ」

「…っ…!?…」

『ふふっ…!』



まるで漫才のようにリズムの良い掛け合いに、ついつい、やっぱり私も笑ってしまう。豪華客船のクルーズが、こんなにも個性豊かだとは思わなかった。
私が思わず笑ってしまった理由をそう説明すると、子犬の彼は無邪気に笑い、小柄なスーツの彼はそんな彼に呆れたのか、深くため息を吐く。



「はあ…。とりあえず、相葉さんは自分の持ち場に戻って。みんな待ってんだから。俺も他のヤツに任せて来ちゃったから、戻らなくちゃいけないし」

「うん。オッケー、オッケー!」



時計を見ると、もう4時半。潤との約束の時間までに、もうちょっと他の施設を見て回りたい。
そう思い、私もこの場から離れる為に挨拶をしようとした瞬間、子犬の彼が何か思いついたように、キラキラした瞳で私を見て、こう言った。



「あっ、そうだ!もし良かったら、俺、ここのカフェの【Paint by Numbers】って所で働いてるんで遊びに来て下さい!ちょっとした軽食もあるし、50杯ぐらいだったらコーヒーもお礼として出させてもらうんで!!」

「お礼じゃなくて、お詫びな」

『てか、50杯は多すぎると思う…』

「ええ〜っ?!2人してツッコミすぎじゃね?つって!ひゃひゃひゃ」



さっきの会話から、この2人がすぐに仕事に戻らなくちゃいけないのは分かっている。迷っていて時間をロスするのが無駄だということは、私も同じように仕事をしている者として分かっているつもりだ。
だから、素直にその申し出を受けることにした。何より、コーヒーも無料も、私は大好きだ。



「じゃあ、待ってるんで絶対に来て下さいね!」

『ふふ。うん』

「本当に色々と申し訳ありません。一先ず失礼致します」



そう言って並んで頭を下げ、2人は仕事場へと戻っていった。相変わらずなかなかの言い争いはしているみたいだけど、その後ろ姿は何だかんだ言って仲が良さそうだ。
カフェ・スタッフで子犬の彼が相葉雅紀と言い、可愛らしいルックスと物言いが全く一致しないスーツの彼が、二宮和也と言うらしい。
私の手の中には、“コーヒー50杯プレゼントします”と書かれた契約書。二宮くんが、相葉くんに無理矢理書かせたものだった。


思わず、また笑みが零れる。



『…ラッキー』



――― 楽しい旅に、なりそうだ。






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