再会 - 5/12


一番多くの人が集まり、誰でも出入り出来る5デッキを1人で歩く。
照りつける太陽が眩しく、ほんの少し、日焼け止めを塗るのを忘れたことを後悔した。



『なるほどね…。確かに外国人も多い。うまく仕事に繋がる出会いがあれば嬉しいけど…』



デッキの上では、どこまでも続く海を見る人。さっき潤が忠告したとおり、お客さん同士で会話を弾ませている人たちも多い。
子供が無邪気に走り回る姿も見えるけど、さり気なく見に付けている物が明らかにブランドもので、改めて船旅はお金持ちの娯楽の一つだと再確認する。


ただ、一つ気になるのは、豪華客船には付きものであるドレスコード。今はみんなカジュアルな格好をしているけど、服装の指定に関してはまだ聴いていない。
それに日本からの出発とあってか日本人スタッフが多いけど、外国からのゲストはもちろん、外国人スタッフもほぼ同数という中、チップはどうすればいいんだろう。
たくさんの国を渡り、文化の違いを実感するのも旅の醍醐味なだけに、色々と頭に入れておくべきことは多いかも知れない。



『あとで潤に訊いておかないと…、』

「あぁ〜!危ない!!っ、よけて!よけて!?」

『え?』



頭の中でチェックリストを作り、必要事項を書き足していると、突然デッキに大きな声が響いた。同時に、ドタバタと子供以上に駆け回る足音も聴こえる。
呼び掛けられたのが自分なのかも分からないまま振り向くと、そこには子犬と、子犬を追いかける明るい茶髪の青年が1人。


…って!?



『犬っ?!…ちょ、え?!…待っ、!!』

「っ、!!」



“何これ?”

このクルーズに参加することになってから、ずっと同じことを思っている気がする。
よける暇もなく子犬には飛びつかれ、当たり前だけど、こんなことが起きるなんて予測していない私は、大きくバランスを崩してその場に倒れ込んだ。
それでも飛びついてきた子犬を抱きあげると、罪の意識も無く、嬉しそうに私の鼻を舐める。



「わぁ〜!!ご、ゴメンなさい!大丈夫ですか?!け、怪我してません??!」

『え…。あ、ああ。別に大丈夫ですけど、』

「お、俺、これから仕事で構ってあげられなくなるから散歩してたんですけど、まだ子供だからヤンチャで!それに、えっと、」

『は、あ?』

「それに何て言うか…っ!子供だけど力は強くて…!」

『あの…、』

「だからえっと…っ!…っ、わぁ〜!!とにかく!本っ当に、ごめんなさい!!」



デッキ上で座り込んでいる私に向かって、怒涛の勢いで彼がひたすら謝り続ける。でも、パニックになりすぎているせいか、ほとんど何を言っているのか分からなかった。
そのせいなのか、今や私の膝の上で収まっている子犬も、きょとんと飼い主であろう彼を見つめている。



『あの…。とにかく、頭上げてもらえません?』

「…っ、…」



私がそう声を掛けると、彼は深く下げていた頭をおそるおそる静かに上げた。
ほんの少し潤んでいる瞳は、まん丸黒目で大きく、まるで犬よりも犬みたいな可愛い青年だった。ついつい、キュンとしてしまうぐらいに。



『…別に平気だし、怪我もしてませんから。そんなに気にしなくても大丈夫ですよ?』

「でも服とか…。毛だらけになってますよね?飛びついて倒れたから、少し汚れちゃったみたいだし…」

『ああ…。でも、こんなの洗濯すれば落ちる程度だし。本当に気にしなくて大丈夫なんで』



そう笑顔で言うと彼も安心したのか、手を差し出して立たせてくれる。そして、無事に子犬も彼の元へと戻っていった。
ただ、やっぱり腑に落ちないのは、この豪華客船に犬も乗船しているということ。
もちろんペットの持ち込みがオッケーだということは知っているけれど、彼の首から提げられているのは、クルーズスタッフの証でもある社員証だ。
もてなす側であるスタッフがペットを持ち込むのは許されているのか、咎めるわけではなく、純粋に気になったので訊いてみる。



「ああ〜…。この犬、今回のクルーズが決まる前に友達から貰った犬なんです。まだ子供だから可哀想だし、置いてくるとなると長期間じゃないですか。その間の成長を見れないのはな〜と思って、上司にダメ元で頼んだんです。そしたら、許可が下りたから」

『そういうことだったのね。ふふ…でも、いくら何でもこの期間内で、寂しくなるほど成長はしないでしょう?』

「ええ〜?成長しますって!特にこの犬なんて、シベリアン・ハスキーで大型犬だから、3、4カ月もすれば一気に!ねー?サブ!ひゃひゃひゃ!」

『?、 3、4カ月…?』



そう言って、さっきまでの醜態を忘れてしまったのか、子犬も彼も無邪気にじゃれ合う。でも私は、たった今彼が放った一言が、どうにも引っ掛かっていた。
雌犬である犬にサブなんて名前をつけるのはどうなの?とか、そういう特例は結構あるものなの?とか。
個人的にもエディターとしても、尋ねたいことは山ほどあるけど、最優先事項の質問は正に引っ掛かっているものだと思った。でも、それを訊こうとした瞬間、また一つ賑やかな声がデッキに響く。



「相葉さん!!」

「『!?』」



――― さすが、ミステリーツアーの豪華客船。予想外なことが、たくさん起きる。






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