彼が彼女の好きなところ - 2/9


目を開けると、カーテンの隙間から射し込む光を受けて、真っ白の天井がより眩しく輝いた。
それでも目が眩まないのは、何度も開いたり閉じたりを繰り返しているからだ。
さっきからキャビンの外で私を呼び掛ける声にも気付いているけど、まだ返事は疎か、ベッドの上から動いてもいない。



「おーい、杏奈?起きてねーの?」

『…起きて、…ない…』



届くはずの無い声で、潤に嘘の返事をしてみる。時間は確認しなくても分かっていた。
潤が私より先に起きて、こうやって起こしにくるということは、それなりの時間なはず。
なのに、決して怒鳴ったり、イライラしてドアを強くノックしたりしないのは、潤が紳士というものを心得ていて、私のことを理解しているからだ。
私は本当は1時間前から起きているし、潤の声だって聴こえているというのに、なんて優しい親友なんだろう。



「…杏奈ー?」

『………』



――― NYの2日間は、まるで過去と今を行ったり来たり、彷徨い歩いているような感覚だった。



初日のグラウンド・ゼロ、次の日の櫻井さんが働く、チェルシーでのギャラリー主催のパーティ。
共通するのは智の作品と、5年経っても智に追い付けない自分の弱さ。ずっと隠してきた想いと夢を、全て現実のものとして突き付けられた。
それが心に引っ掛かったままで、船に戻るまでの最後のNYでの半日も、せっかく潤がショッピングと食事に誘ってくれたのに、心から楽しめたとは言えない。


気付けば船は動き出し、NYの背の高いビルたちは、もう見えなくなっていた。



『はぁ…。でも、もういい加減にするべき…、よね…』



そう言って、一度ギュッと目を瞑った後、今度はしっかりと目を開き、ようやくベッドから起き上がる。
永遠にベッドの上で過ごす気力は無いし、もう十分に感傷に浸ったつもりだ。
何より、大事な親友をそのまま放置するわけにはいかない。潤がいなければ、こうやって起き上がることも出来ないんだから、私は。



『って…。もう、諦めちゃったの?何よ…。もう少し粘ってくれたっていいのに…』



ドアを開けて潤を出迎えるはずが、既に本人は立ち去った後だった。
すっぴんで、パイル地のルームワンピースのまま出て来てやったというのに、諦めが早すぎる。
でも、仕方なくぺたぺたと裸足のままキャビンへ戻ると、そのタイミングを見計らっていたように、テーブルに置いといたケータイが、メール受信を知らせる為に鳴り響く。


送信者はもちろん私の親友であり、内容は、“コーヒー飲んで待ってるから、早く起きろ!”というものだった。



『ふふ…。りょーかい…!』



いつもだったら立場は逆だけど、今はこうやって、潤にけしかけてもらえるのが嬉しい。
私も何も言わない。潤も何も言わない。でも、タクシーの中で潤が伝えてくれたことは、確かに新たな私の支えとなり、また前を見る勇気を引き出してくれたのだ。


だから、選ぶことの出来なかった3つ目の選択肢を、もう嘆いたりはしない。
智の知らない、カタチを変えた私の夢は、きっとこの先叶うことはないだろうけど、だったら智が信じてくれている、カタチを変える前の夢を叶えればいい。
5年前、智を失った時とは違って私は成長したし、こんな私を必要としてくれる親友にも出会えたんだから。



『酷い顔…』



バスルームで鏡を覗いて、思わず呟く。


でも、私はこれから、顔を洗って、オシャレをして、【Paint by Numbers】にコーヒーを飲みに行く。
きっと、潤は遅れた私に少し文句を言った後、いつも通りに笑い、服を褒めてくれるだろう。もしかしたら、雅紀くんや二宮くんにも会えるかも知れない。
何もかもリセットして、新しい私になって、きちんと前を見て進む為にも、それが必要だ。



『やだ…。また、泣いてるし…』



だから、私はまた頑張れる。

たとえ、キャビンを出るまで、“二度と取り戻せない愛なら知りたくなかった”、と思っていても。






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