別れた後 / 彼女の場合 - 5/11


「さすがNYで一番有名なギャラリー。…すげー良い位置だし、かなり広そうだね?」

『そうね。申し分ない』



大きなウィンドウ、出入りする多国籍な人たちを見て、そんなことを言い合う。
少し遠くには出来たばかりのハイライン。乗ってきたタクシーが、ドアを閉めるとすぐさま走り去っていく。



――― 櫻井さんが勤めるギャラリー【FRONT-Row】は、想像以上に洗練されていて貫録もあった。



「あ。でも意外とみんなラフだね。パーティっていってもギャラリー主催だからどうなるかなって思ったけど、あんまキメすぎないで良かった。杏奈もそれで正解」

『そう?松本さんも、相変わらずカッコ良いですよ?ふふ』



歴史ある落ち着いた街並みが残る一方で、最先端のアートを発信している街、チェルシー。
元は高架線下に倉庫が立ち並ぶガレージ街だったからか、大規模な作品を所有する、広い空間が必要なギャラリーには打って付けだったのだ。
この辺りは地盤が固くないため、他のエリアに比べると高層ビルは少ないけれど、エッジ感が漂うこの空気はどこのエリアにも負けていない。
間違いなく、NYのオシャレな街の一つだと思う。



「まーたそうやって、からかうんだもんなー。杏奈は」



そんな街を背景にして、潤が自分のストールを引っ張りながら拗ねる。
落ち着いたブルーのシャツにネクタイ。でもジャケットじゃなくロングのニット・カーディガンを合わせているので、ガチガチにはなっていない。
突然、子供っぽくなる様子にまたからかいたくなってしまうけど、トレンチコート風のワンピースを褒めてもらっているので、もう言わないことにした。



『あ…』



笑いながらしばらく外で話をしていると、ギャラリー内で忙しそうに動く櫻井さんと目が合う。
私たちだと分かると、律儀にも大きな扉を開けて出て来てくれた。
こちらも、相変わらず爽やかで紳士なままだ。



「こんばんは、夕城さん、松本さん。すみません、すぐに気付かなくて」

『こんばんは。…ふふ。気にしないで下さい。勝手に外でお喋りしていたのは私たちですから。ね?』

「はは。だね。…今日は俺まで招待してもらってありがとうございます。今、杏奈とも言ってたんですけど…。意外とカジュアルなパーティなんですね?」



潤が丁寧に挨拶すると、中にいるゲストや櫻井さんの服を見ながら、そう訊く。
シャツにベストで、パッと見はフォーマル。だけど袖を捲っていたり、ネクタイはドット柄でハズシていたり。
おまけにボトムスは細身のデニムで、櫻井さんのその珍しいコーディネートに潤と2人で視線を送ってしまう。
すると、“あ〜…”と頭を掻きながら、少し気まずそうに言葉を続けた。



「2日目ですからね。昨日はもうちょっとフォーマルだったし、緊張感もあったんですけど…。今夜は元々支援して下さっていた方たちや関係者がほとんどで、いわゆる身内が多いんですよ」

『へえ。そうなんですか』

「はい。まあ良い意味で、本当にギャラリーやアーティストたちのファンしかいないっていう、凄く良い空気感であるとは思いますよ?楽しんで頂ければ幸いですね」



そう説明すると同時に、やって来た他のゲストにも“Hi, what’s up?”と声を掛ける。
軽い英語とリラックスした笑顔から考えるに、きっと先に言ったファンや関係者の1人に違いない。
前日に引き続き、密かに櫻井さんの仕事ぶりに嫉妬していると、彼が再び向き直って“それにしても…”と言う。


もしかして、この悪戯っ子のような笑顔も昨日から続くものなのだろうか。



「本当に良かった。夕城さんが来てくれることになって」

『え?』

「おかげで、智くんも今夜はちゃんと出てくれてるんで」



思わず、また。

昨日のことを思い出して、心臓がドクンと音を鳴らす。
そんな自分を護るように、私も冷静に笑顔で“別に私のせいじゃないでしょう?”と迎え撃つ。
もし潤が隣にいなかったら、さすがに今日は動揺して、こんな風にいられなかったかも知れない、と思いながら。



けど、やっぱり不思議。どうしてなんだろう?
この人には、まるで弱味を握られてるみたいに勝てる気がしないのだ。



「…そうです、かね?」



言いながら、櫻井さんが肩越しに中のギャラリーを覗き見る。
VネックのTシャツに黒のジャケット。ゲストと一緒に彫刻作品を囲んで、子供みたいな顔。
そして、また心臓が鼓動を打つ。



『…!…』



――― 目が、合ったから。あの笑顔を、向けられたから。






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