別れた後 / 彼女の場合 - 4/11
side. O
初めてここを歩いた時は、もうちょっと殺伐としていた気がする。 それからそんなに時間は経っていないはずなのに、いつの間にかこんなに人が集まる憩いの場になるなんて、なんだか不思議だ。
「たった10メートルしか違わないのに、こんなに見える景色が違うんだなぁ…」
ハイラインの展望台。ガラス越しに見える10番街を見て、思わずそう呟く。
ビルの間を縫うように大通りに存在していた高架線は取り壊されることなく、公園に生まれ変わっていた。 最初は線路を公園にするって…と思ったけど、きちんと形を残しつつデザインされてる辺りは、この街に生活が根付いてる証拠だな、と思う。 それに、このハイラインはMPDとチェルシーのギャラリー街を繋ぐように出来ている。 そのおかげか、今まで以上に人が集まり賑やかになって、翔くん含むギャラリーの人たちは喜んでいるようだった。
パーティまでの暇つぶし感覚。でも、来てみて良かった。 たとえ、シャッターを切ることは出来なくても。
「今日、まだ1枚も撮ってねーや…」
言いながら、ベンチに寝転ぶ。 劇場みたいに高低差のあるこの展望台のベンチには、たくさんの人がいるけど気にしない。どうせ、みんなも思い思いに過ごしてるからだ。 そしてまた口ずさむのは、この陽気にはミスマッチすぎるノラ・ジョーンズの曲。
「…“In the dead of the night I found out, Sometimes there's love that won't survive”…」
昨日はあれから、真っ直ぐにホテルへと戻った。 エンパイア・ステートとクライスラーが彩る最高の景色も、全部無視してベッドに入ったけど、それでも直ぐに寝付くことは不可能だった。 途中、きっと心配したんだと思う。翔くんが電話を掛けてきたのは知っていたけど、それすらも出ようとは思わなかった。
だって出たら、また同じ言葉ばかり繰り返しそうだったから。
「……“New York City, …Such a beautiful disease”…」
気付けば朝になっていて、翔くんに注意されながら朝食をとったけど食べた気はしない。 これじゃあいけないと思ってなんとかここまで来たのに、結局同じだったのかも。
なかなか、動き出せない。写真も、思ったように撮れない。 目の前の景色は、今この瞬間だけのものだって分かってるはずなのに。
「“Such a beautiful, …Such a beautiful disease”…」
自分の気分とはミスマッチな太陽が眩しくて、思わず腕で瞳を覆う。 胸の上では呼吸のリズムに合わせて、カメラが動くのを感じた。
知るはずもないことを考え連ねて、一歩も動き出せない。 きっとそれは、ファインダーを覗く度に杏奈のことを思い出すからだ。 届けたい景色を目にする度に、本当はそれが届けられないことを心の奥底で感じているからだ。
――― それぐらい身勝手なことをしたんだって分かってる。5年前。
「…っ、…」
だけど、動き出すしか術が無いのも事実。 言葉にするのは得意じゃないから、せめて写真を撮って伝えなくちゃダメだ。 きっと、杏奈だったら感じとってくれるはずだ、って信じて前進しなくちゃいけない。 たとえ、それが他力本願で、少し情けなかったとしても。
「…!…」
そう決心して、ようやくベンチから起き上がり、いつものようにファインダーを覗きながら植栽されているガーデンの中を歩いて行く。 すると、無邪気に笑い合う3人の子供たちの兄妹が視界に入った。
きっと、4歳から10歳ぐらいまでの子たち。 それが可愛くて、目線を合わせ、“Let me take your picture. Okay?”と頼んでみる。 なのに、一番上のお兄ちゃん以外の妹たちはいきなりテレまくって、両手で顔を隠してしまった。 でも、その小さな手の裏で笑顔でいるのは分かっているから、写真は撮る。
今日、最初の1枚だ。
「なんだよ〜!隠すことねーじゃねぇか〜!!んふふ」
――― この子たちの写真も、またグラウンド・ゼロのボードに加えたら、杏奈は見てくれるかな。喜んで、くれるかな。
それだけでいい。今、考えることは。
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