別れた原因 - 10/11


side. O



世界で最も美しい夜景。
NYの街が彩るネオンは、アリシア・キーズが歌う通り、夢で溢れている。



「“New York City, Such a beautiful disease”…」



でも、グラウンド・ゼロからずっとタクシーも使わないで歩いてきた俺は、なんだか凄く複雑な気分でいっぱいだった。
正直に言っちゃえば、初めてNYに来た時と同じ感覚、同じ気分。ノラ・ジョーンズの気分。
ノラ・ジョーンズはNYの街を否定しているわけじゃない。
ただ、この街に来たことによって自分の価値観が変わってく様子を、良い意味でも悪い意味でも皮肉交じりに歌っている。


“なんて美しい病気なの”、って。



「あ…。翔くん?」



そんなことを考えながら、当てもなく歩いているとポケットの中のケータイが鳴る。
持たせられたスマート・フォン。着信はこれを与えた本人からだ。
分からないなりにも操作してなんとか出ると、呆れたような声が聞こえてくる。



≪先生〜!今、どこにいるんですか?!とっくのとっくに時間過ぎてますよ、パーティ!≫

「えっと…。たぶんクライスラーが近くに見えるから、…ミッドタウンかな。分かんねぇや」



そう答えると、ため息を吐きながら“まあ、なんとなく予想はしていましたけど”、と電話の向こう側で言う。後ろの方では、賑やかなギャラリーの雰囲気も感じられた。
それを聞いて、杏奈に別れ際に言われた言葉を思い出し、翔くんに伝える。


なんだかよく分からない展開だけど、きっと翔くんは全部分かってるんだろうな。悔しいけど。



「…翔くん、杏奈にまた何か言ったでしょ?明日のパーティ行く、って。そう、櫻井さんに伝えといて、って。…杏奈、言ってたよ」

≪! 、…ってことは、智くんもやっぱりグラウンド・ゼロに行ってたんだ?はは。またビンゴ!凄くない?俺≫



“先生”から“智くん”の呼び方に変わって、仕事モードのスイッチがオフになったのが分かる。
なんでだか分からないけど、翔くんはこの旅が始まってから、ちょいちょい意地悪だ。
まるで心を読んでいるかのような言葉は不思議で仕方ないけど、同時に凄く安心もする。
1人だけでも自分の本心を知っていてくれる人がいるっていうのは、凄くラッキーなことなんだなぁ、と今更ながらに思った。
それに気付いた瞬間、抑えきれない感情が身体の中から湧き上がってくる。



――― ノラ・ジョーンズの1フレーズが、頭から離れない。



「翔くん、俺ね。本当は凄く嫌だったの」

≪え?≫

「杏奈と、別れたくなかったの」

≪…!…≫



たった2つのワードを出すだけで、翔くんは全てを把握する。
だから俺は安心して、自分の身勝手な想いを吐露することが出来るんだ。感謝しないと。



「…ずっとね、“別れて”って言う直前まで考えてたことがあったの。今思うと、結局自分のことしか考えてなかったんだなぁ、って思うんだけど」

≪…何を思ってたの?≫



そこで一息吐いて、軽く目を閉じる。再び目を開くと、眩しいくらいのネオンが何重にもなって見えた。
また目を閉じると、あの瞬間がフラッシュ・バックされそうで、それが怖くて、しっかり見開く。


そして、あの時の想いを、初めて誰かに喋った。



「…凄く、簡単だな、って思ったの」

≪……≫

「あと、たった一言、二言、言葉を交わしたら、杏奈がいつ、どこで、なんで、どんな風に、俺を想ってくれたり、話してくれたり、案じてくれたり。…そういうの全部。これから杏奈がどう思っているのか分からなくなるんだ、って。知ることがなくなるんだ、って」

≪……≫

「それが、凄く嫌で嫌で仕方なかったの。…だって、あんなに俺のこと愛してくれてたのに」



別れるのは嫌。でもあの時、別れるしか道は無かった。
杏奈にも夢があることを知っていたから、その夢を俺のせいで台無しにするような真似はしたくなかったんだ。
でも、結局こんなことを考えていたりして、本当に身勝手だなぁ、と思う。


“ずっと、お互いの気持ちが分かる距離にいたい”


たったそれだけだけど、凄く贅沢な要求だった。



≪…でも、今なら分かるでしょ?同じ船に乗って、一緒に旅してる。少なくとも、再会する前よりはぐっと距離は近づいてると俺は思うんだけど≫

「あ…」



翔くんが言葉を選ぶように、丁寧にそう言った瞬間。遠くに、大好きな人の姿を見つける。
初日に9デッキで会った、松本くんという人も一緒だ。
きっと、この時間帯だから食事にでも行くんだろう、と思った。


そして、また。ノラ・ジョーンズの曲が、頭の中でエンドレス・リピートされる。



「…“In the dead of the night I found out”…」

≪? 、智くん?≫

「……そうかなぁ?」

≪え?≫



映画のようなシーンばかりの街。
騒音が絶えなくて、輝くばかりのネオンが刺激する街。
可能性が無限にある、世界一の街。



「…分かんないよ。全然」



でも俺にとっては、NYを象徴する言葉は未だにこれだけなんだ。



“真夜中に分かったことがある”

“ずっとは続かない愛もあるんだと”

“NY 、なんて美しい病気なの”



あと、どれくらい時間が経てばこの価値観を消せるんだろう。
全然、分からないよ。


本当に。





End.


→ あとがき





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