再会 - 3/12
それを目にした瞬間、知らずしらずの内にそう声に出していた。人は本当に驚くと、こんなリアクションしか出来ないものなのだろうか?
『何これ…』
カモメが鳴く。波の音が聴こえる。潮の香りも漂っている。それに目の前には、信じられないぐらいの大きさの客船が停泊している。 ここって、本当にまだ日本なの!?それとも私、既にもう外国に連れてこられちゃったの!?もしかして!
「杏奈、お待たせ。搭乗手続き済ませてきた。行こっか」
『潤…!』
振り向くと、ストライプのスーツに黒縁のスタイリッシュな眼鏡をかけた潤が、側まで来ていた。 今日はネクタイはしていないけど、相変わらず華やかなオーラはそのままだ。
『っ、潤!D&Gのスーツをオシャレに着こなしてる場合じゃないでしょ!何なの、この船!?クイーン・メリー号ぐらいの大きさがあるじゃない!』
「さっすが【DeTour】のデスク。よく分かってんじゃん。凄いでしょ、この船。…荷物持つ。貸して?」
2人の間に鎮座するスーツケースに気付き、話の途中で、潤がそれを持つと申し出てくれる。 私も一応お礼を言うけど、如何せん、巨大過ぎる客船が気になって目は奪われたままだった。
『凄い大きさ…』
潤の言う通り、【DeTour】のデスクとしての経験と知識から言わせてもらえば、この大きさの船は日本では有り得ない。 せいぜい大きいもので、全長約250メートルぐらいの船が当たり前。でもこの船は、明らかに約350メートルはある。 潤が参加するぐらいのクルーズだから、それなりの規格なんだろうとは思っていたけど、これは予想以上だ。シャネルの黒のVネックのカットソーとフレアスカートを選んでおいて、本当に良かった。
「…この船はさ、一応日本籍だけど、作られたのはイギリスなんだ」
『造船の本場ね。道理で』
スーツケースを引きながら、リードするように潤が足を進め、私も合わせて歩き始める。 よく見ると視界の奥の方では、この珍しい巨大な客船に、一般の人たちが集まって写真を撮ったり、見学したりしていた。
「何回かクルージングはしてるみたいだけど、日本からの出発で企画は初めてだって聴いた。しかも、一部のセレブリティしか招待されてない、本当にプレミアムなクルーズ」
『それがミステリー・クルーズって…。セレブが退屈して、刺激を求めてる感が満載じゃない』
「はは、まーね?でも、そのクルーズに杏奈も参加してるわけだから」
『どこかのセレブリティのせいで、…ね?』
私が嫌味を言うと、言いたいことは分かってますよ、とばかりに笑い、肩に手を回す。そして、だって杏奈がいた方が楽しいとも思うから、なーんて、テレもせずに殺し文句を言うんだから敵わない。 だから私も観念して、大人しく潤の背中に手を回した。まるでカップルみたいで、思わず笑ってしまう。
「大丈夫。大事な仕事を取り上げてまで誘ったんだから、それだけの価値は保証するよ。俺なりにね?」
『…だと、いいんですけど。ふふ』
――― 結局あの後、潤は本当に発行人である社長のところまで行き、私の休暇の要求をした。
潤の提案は、ライバルである出版社の有能なフリーのエディターを私の代わりに雇い、その代理の給料は潤が支払う、というもの。 仕事を休んで稼げないのは困る!と私が文句を言えば、じゃあ杏奈の分の給料はその間もちゃんと支払うように、と社長に約束させてしまう。 言っていることも、やっていることも、さすが世界的財閥の御曹司…という感じだった。正直、潤が親友じゃなかったら完全にヒいていたと思う。 おまけにクルーズの費用も全て潤が出していて、私にデメリットは何一つ無いという状況。完全に断る術を失くした私に、選択肢は残っていなかった。
『眩し…』
でも、たった約3週間の旅。潤の言う通り、羽を伸ばすのも必要だと開き直る。 もしかしたら仕事に繋がる出会いもあるかも知れないし、この船ならば良い旅行記も書けそうで、徐々にワクワクしてきていた。 空を見上げれば、もはや船体と太陽しか見えない位置まで来ていて、旅の始まりに息を呑んでしまう。
「因みに船の名前は【Little Wing】だってさ」
『…【Little Wing】?どこら辺が“リトル”なわけ?』
そう言って、背中に手を回したまま顔を覗き込むと、潤も無邪気に笑いながら返す。
「はは。…さあ?どこら辺なんだろーね?」
瞬間、太陽が波間に反射して、もっと眩しく輝いた。
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