別れた原因 - 7/11


『智…?』



呼ばれた自分の名前、懐かしい声。瞳が潤んでいるように見えるのは昔から。
その声を辿っていくと、1メートルもしない距離に智が立っていた。



「…何やってるの?ここで」

『…櫻井さんに“観て欲しい”って言われて…。これ、…智が作ったんでしょ?』



挨拶もしないまま。
櫻井さんに教えてもらった“それ”を指差して答えると、いつものふにゃっとした笑顔で、“また翔くんか〜”、と言う。



――― グラウンド・ゼロ。未だに深い傷跡が残る、NYのもう一つの姿だ。



華やかな街並みが広がる中で、ここだけは未だに鉄骨の十字架が残り、多くの人たちが祈りを捧げている場所。
9.11の事件が起きて、こんなにも時間が経っているはずなのに、この周辺には800名近くの遺体がまだ埋もれたままだとニュースで聞いた。
レリーフが飾られているこの隣のビルにも、十字架の前にも、遺族らしき人たちが失われた命を偲んでいる姿がまだある。
新しいワールド・トレード・センターの建設は進んでいるらしいけど、それが完成した時、今と同じように、ここに事件を思い出して集まる人はどれだけいるんだろう、とふと思う。



そんなことを考えていると、智がパーカのポケットから1枚の写真を取り出した。
そして、“俺の撮った写真、見てくれるって言ったよね?”と言って、それを差し出す。


写真の中には、チャードリーと呼ばれるヴェールを頭から被った女の子。



『…綺麗な子…。大人になったら、モデルになれそうなくらい美人』

「うん。でも、たぶん。もう、その子は死んじゃったと思う」

『…!…』

「なんだっけ?どこの国だったか忘れちゃったんだけど、…アメリカ軍が落とした爆弾のせいで白血病になっちゃったとかで。それも、もうだいぶ前の写真だし、医療も発達した国じゃないから、きっともう死んじゃったよね」

『そ、っか…』



私が写真を返すと、“…この前来た時にこれだけ張り忘れちゃったんだよなぁ〜”と言って、しゃがみ込みながら、立て掛けられた大きなコルクボードにその写真を加える。

ボードに描かれた世界地図。
それを覆うのは、肌も、髪も、瞳の色も違う、たくさんの子供たちの笑顔だ。



『…櫻井さんが言ってた。…智は作品として認めないけど、これは立派な作品だ、って。そうじゃなきゃ、ずっとここに置かれたままになるわけない、って』

「んふふふ…。少しずつ写真が増えてくから撤去しづらいだけじゃない?」

『ふふ…。この近くで働いてる人も、きっと見るの楽しみにしてるのかも。…だって、見てるだけでハッピーな気持ちになるもん』

「本当に?杏奈がそう言うんだったら、そうなのかな。そうだといいな」



そんな風に言う、智の言葉を隣で聞く。気付けば、自然と智の隣に私もしゃがみ込んで写真を見つめていた。
微かに触れ合う、同じチェックのストールと智のシャツ・ジャケットが、まるで示し合わせたみたいに見えた。



他にもたくさんのメッセージ・ボードはあるけれど、智の作ったボードに未来と希望を感じるのは、きっと私だけじゃない。
理屈じゃなくて、もっと深いところ。
ここにある笑顔を、これ以上もう減らさないように。


私が思っていた以上に、智は自分に出来ることを確かに形にしていっていたみたいだ。
オレンジ色の夕陽が、たくさんの笑顔を照らしていく。



『…こんなに、色んな国に行って来たんだ…』

「んふふふ。…杏奈に負けてないでしょ?」



――― あの日、この背中を押した意味はあったんだ、って。この写真を見てると、ちゃんとそれが分かる。






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