別れた原因 - 4/11


side. S



「うわ〜。エンパイア・ステート・ビルもクライスラーも、すぐ目の前じゃん。すげーな〜。こんな絶景のホテルあったんだ」

「はは!正に摩天楼って感じだよね。これぞNYの景色、っていうか」



窓の外を見るだけで胸が高鳴るような景色。
ミッドタウンに位置する【Four Seasons Hotel NY】は、まるでポストカードの世界だ。
それを考慮すれば、NYで1、2位を争うほどのバカ高い宿泊料金も、納得出来るものなのかも知れない。
現に、写真を撮る時以外は滅多にテンションを上げるスイッチを入れない人が、珍しく感嘆の声を上げている。



――― 3カ月前まで、この都会で暮らして芸術活動をしていたのは俺の勘違いだっけ?



そんな疑問を本人にぶつけると、“そういえば”という表情を見せた後、おもむろにベッドの上に置いていたカメラを手に取った。
そして、いつものようにファインダーを覗きながら、目の前の摩天楼に向けてシャッター音を鳴らす。



「…確かにそうだけどさ。俺、こんな高い所からNYを見たことないもん。…どっちかっていうと見上げてたんだよね。あのクライスラーとかも。クライスラーって、アールデコ様式じゃなかったっけ?確か」

「うん。エンパイア・ステートよりも美しいって言われてるよね。俺は記念日や祝日の時だけイルミネーションが点灯するエンパイアの方が好きだけど。あの特別感がいいんだよな〜!」

「んふふふ…。俺はこの景色を独り占め出来るなら、もうどっちでもいい」

「そ?ギャラリー主催のパーティがあるからこそ慌てて取ったホテルだけど、気に入ってもらえたんなら良かった」



最初の寄港地として降り立ったNY。今夜から2日間の予定はもう決まっている。


NYに停泊することをギャラリーに連絡したところ、ちょうど良いということで、パーティに参加するように言われたのが今日の朝。
契約しているアーティストや、彼らの才能に投資してくれている多くのセレブを招いての、2日間の夜に渡って開かれるパーティ。
これまで以上に自分たちの可能性をアピール出来る、絶好の機会でもある。


けど、パーティというワードを出すと、ため息を吐き、途端に智くんのテンションが下がった。
分かり易過ぎるその反応に、思わず“先生〜!”と仕事モードになってしまう。



「…そのパーティ、絶対に俺も行かなくちゃダメなの?しかも2日間も…。翔くんだけでいーべ?別に」

「ダメですって!仮にもこのクルーズの費用出してくれてるのはギャラリー側なんですから。先生に投資して下さってる他の方たちにも、きちんと挨拶をしてもらわないと」

「でも俺、英語喋れないもん」

「っ、だーかーらー!2年以上ここで暮らしてた人が、堂々と嘘吐かないで下さいって。…もう決まったことですから。ちゃんと出てもらいます」



そう念を押すと、“分かったよ。行くよ、ちゃんと”と唇を尖らせながら子供のように返した。
きっと、今回のパーティが2日間連続で催される理由はこの人のせいだ、と密かに思う。
最悪初日に来なかったとしても、2日目に参加出来るチャンスをギャラリー側が作ってあげているのだ。
それだけ才能を認められているというのに、本人にその意識は全く無さそうなのが残念なんだけど。



「? 、どこか行くんですか?」



そんな風に考えを巡らせていると、智くんがグレーのパーカの上に大きめの赤いチェックのシャツ・ジャケットを着始める。
袖からは、ゴツめのクロノグラフの時計が見えた。



「うん。…別に、そのパーティまでは自由にしてていいんでしょ?翔くんもギャラリーに行くって言うし」

「まあ、そうですね。…でも他に用事もあるんで、先生には連絡して頂かないと迎えには行けませんよ?そうなると、チェルシーの方のギャラリーに直接来てもらわないと。ノーホーの方じゃないですけど分かります?」

「たぶん…。【FRONT-Row】だよね?大丈夫。1人でも行けるよ」



そのままカメラを持ち、真っ直ぐに部屋から出て行こうとする。
でも、何か思い出したように立ち止まったと思うと、着いてすぐさまにテーブルに広げた写真の中から1枚を探し当て、パーカのポケットに入れた。
そして、“じゃあ夜にね、翔くん”と言い残して部屋を出ていく。



それから、10分後。

このホテルの入り口である回転扉から、智くんがクライスラー・ビルに向かって歩いていくのが見えた。



「…また、“作品づくり”でもしてくるのかな」



――― これは、予想通りに2日目に期待した方が良さそうだ。






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