別れた原因 - 3/11
side. M
NYの伝説で社交界の中心。 【The Pierre】は今も昔も、NYの最高の夢を見せてくれるホテルの一つだ。
『まさか、取ったホテルがこことはね。超高級ホテルじゃない。そこまでしてくれなくてもいいのに』
「どうせなら旅を満喫出来るように、良いホテルに泊まりたいじゃん。NYのホテルの中で、ここが一番好きなんだよね」
そう言って窓を開けると、セントラルパークを一望に収める。 5番街61丁目、セントラルパークの真ん前という絶好のロケーションは、いつ見ても贅沢だ。
朝から夕暮れ、光が点滅する、宝石をかき集めたような真夜中まで。 ここからの景色はNYの美術館に飾られた、どんな名画よりも価値がある、このホテルの財産だと俺は思ってる。 気付けば杏奈も隣に来て、“確かにこれだけの歴史と格式、雰囲気、サービスはNYじゃ一番かもね”と言う。 たぶん、また頭の中でレビュー記事を書いているんだろう。
『でも私は、【The Inn at Irving Place】の方が好きだけど』
「っ、だから、これだけの部屋を用意してもらってそういうこと言うかって」
『ふふふ。【Four Seasons】も好きだけど?』
「はぁ…。次来る時は【DeTour】・デスク様の希望に添えるようにするよ。それでいい?」
時々、杏奈はこうやって俺のことをからかったりする。 どんなに金と時間があって世界中を旅してきたとしても、杏奈には敵わない。 特にNYなんて、杏奈にとっては庭みたいなもの。 来る度に情報を活かしてあらゆるホテルに泊まっているんだから、そもそも勝てるはずなんて無いんだけど。
すると、賑わうセントラルパークを眺めながら、“それにしても…”と顔を歪める。
『…やたら時間がかかるな、と思ったら、NYが最初の寄港地って。いったい何なの?このクルーズ。どういうルートで進んでるわけ?遠回りもいいところじゃない』
「ふっ…。確かにねー。俺もまさかNYだとは思わなかった。それに、ちょっと普通すぎるよね?」
『“ミステリー・クルーズ”のわりに、…ね?』
ここまでの旅を振り返って、2人で笑い合う。
グレーの5分丈のニットに、スリムなデニム。それと、クラシカルなブルーとグリーンのタータン・チェックの大判ストール。 同じ黒のブーツでキメたシンプルで活動的なスタイルは、きっとこれからの予定のため。 確かに色々と思うことはあるだろうけど、杏奈だって楽しむしかないと分かっているのだ。
それらの服を褒めると、笑って“ありがと”、と返す。
「…その格好を見るに、これから出歩くつもりなんでしょ?俺もちょうど用があるから、その方がありがたいんだけど」
『うん。ノーホーからローワー・イースト・サイドまで散策しようと思ってる。アートシーンの新スポットって言われてるの、このエリア。…そういうコンセプトでコース紹介出来たら素敵だと思わない?』
「うん、いいね。…じゃあ、どうする?ランチは一緒にこれから食べるとして。ここのカフェでいっか。…夕食は時間決めて待ち合わせる?場所決まったらメールするからさ」
『オッケー。それでいいわよ』
「ん。じゃあ、とりあず部屋に戻って着替えて来るね、俺。杏奈も用意しておいて」
そのままドアに向かって部屋を出て行く。けど瞬間、思い出したように杏奈が“あ、潤?”と声を上げた。 振り向くと、さっきも見せた、からかうような笑顔。
――― ランチはもう無理。でも、夕食はデスク様のためにも吟味して選ぼう。
『【DeTour】に載せられるような、素敵なレストランでよろしくね?』
「ふっ…。了解。楽しみにしてて?」
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