“Angel of Mine” - 9/10


こんなの、ストーカーみたいだ。
また9デッキで写真を撮っている智を、階段に座ってこそこそ見ているなんて私らしくない。
でも、なんだか今日は昨晩のようなノリで声をかけられない自分がいる。悔しいけど、それが事実だ。


本当に、私らしくない。



「うわ〜…。レンズ替えてくりゃ良かったなぁ〜。せっかく星綺麗なのに、ちゃんと映らねーじゃねーか…」

『ふふ…』



5年前から聞けなくなった、懐かしい智の独り言。
その澄んだ温かくて優しい声に、また胸がいっぱいになってしまう。
ふと同じ星を見れば、初日にここで再会した時のことが自然と蘇ってくる。

その時から、分かってはいたのだ。


どこからか分からない歌声に、無意識に歩く速度を速めていた理由。
仕舞いにはデッキから落ちてしまったけど、その声と曲に、記憶は知らない間に呼び起されていた。
だから、私はまたここに来て隠れてるんだろう。きっと。



「んふふ…。なんか懐かしかったなぁ、さっき」

『…!…』

「…写真は撮れなかったけど、あの曲が聴けたから、まあ、いっか」

『………』



言いながら、またファインダーを覗く。
そして、私がこうやっている目的が、この瞬間に達成される。



――― その歌を、もう一度聞きたかった。智の声で、どうしても。



「…“I look at you, lookin’ at me. Now I know why they say the best things are free.”」

『…っ…』

「“I’m gonna love you boy you are so fine.”」

『「…“Angel of Mine.”」』



気付かれないように、小さな声でメロディを重ねる。
一定の間隔で続く波の音は、上手く私の声を隠していく。
それに、この暗い9デッキは私の姿だけじゃなくて、頬を伝う涙も隠してくれた。


デッキから落ちたことを除けば、ここは素敵な場所だ。



「“How you changed my world you’ll never know, I’m different now…”」

『…っ…、はぁ』



“2人の曲”である、モニカの“Angel of Mine”を、智はきちんと覚えていた。
1日中歩き回って、2人で決めた曲。その後、ずっとことあるごとに流れていた曲。別れた後も、ずっと頭の隅で流れていた曲。
間違いなく、この曲は私たち、“2人の曲”だ。


そして、同時に思い出すことが一つある。
潤にも智にも伝えることのなかった、あの映画でのもう一つの分析。
私の大好きな、あのシーンが意味すること。



『………』



ジュリアンとマイケルが遊覧船に乗って思い出語りをするのは、ただの雰囲気作りでは無い。


2人の背後で変わっていく景色。
進んで行く遊覧船に、昔の話。
“2人の曲”でのダンス。


あのシーンの全ては、“時は流れていっているんだ”ということを意味しているのだ。
だから、ジュリアンは涙を流したのだ。



過去となってしまった、自分たちの関係に。



過ぎ行く時間の象徴。
遊覧船ではないけど、私たち2人も確かに同じ“船”に乗っている。



「“Angel of Mine…”」



また、一滴。
涙が零れたような気がした。





End.


→ あとがき





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