“Angel of Mine” - 8/10


【Paint by Numbers】で夕食をとるのは、二度目だ。
初日はラウンジでもらったシャンパンに酔っ払って、食べれなくなったんだっけ。
その時は気付かなかったけど、このカフェでは夜は落ち着いた曲をBGMにしているらしい。



「つーか、どうかしたの?急に食欲が無いなんて」

『別に?いつもどおりよ。バーでお酒を飲めれば、それで満足っていうか』

「今夜も飲むつもりかよ…」

『ふふふ』



潤に心配させたくないからそう言ってみるけど、本当は違う。
久しぶりにあの映画を観て、なんだか胸がいっぱいになってしまったのだ。



結婚願望がありそうで、本当は無いところ。
仕事を生き甲斐にしているところ。
親友を頼りにしすぎているところ。


自分でも驚いてしまうぐらい、ジュリアンとの共通点が多くなっていた。
時間が過ぎていくってこういうことなのかな、とふと思ってしまう。



「…! 、なあ、あれって…」

『え?』



そんなことを考えていると、夜のシフトだったらしい雅紀くんが私たちの注文した食事を持ってくるのが視界に入る。
相変わらずタブリエ姿は様になっているし、弾けた笑顔は健在だ。
例え1日の終りでも、その笑顔を見るだけで元気になれる気がするほど。


でも、潤の視線の先が向かうのは雅紀くんではなく、彼を呼び止めた2人の男性だったらしい。



「…元彼だ?」

『だから、その呼び方やめてってば!』



潤の額を軽く小突きつつも、そこでは確かに智と櫻井さんが、雅紀くんと楽しそうに話をしている。
幸か不幸か、私たちは奥の席に座っているからか、今回は櫻井さんも私たちに気付いていないようだった。


その様子を見ていると、いつの間に雅紀くんと智は仲良くなったんだろう、と疑問が湧いてくるけど、雅紀くんのことを考えると、どこでどんな風に知りあっていても不思議じゃない気がしてくる。
現に、私とは子犬がきっかけで知り合っているんだから。



「ひゃひゃひゃ。杏奈さん、こんばんは〜。今日初めて会いましたね!」



しばらくすると、サーブ中だったことにようやく気付いたのか、雅紀くんが私たちのテーブルに来て注文したものを置く。
普通だったらきっと怒られるだろうに、それが許されるのは、彼だけの特権が原因だろうな、と密かに思った。



『ふふ。そうね。今日は朝も来たのよ?二宮くんには会ったけど』

「うん、ニノに聞きましたよ?…こちらの人が杏奈さんのお友達なんでしょ?そういえば、初日に来てくれた時もいましたもんね!俺、相葉雅紀です。よろしくお願いしまーす!つって。ひゃひゃひゃ」

「はあ…」



私が見るに、この2人は歳こそ近いと思うけど完全に正反対だ。
二宮くんとは違うけど、私が年上のせいなのか、見ていてやっぱり微笑ましい。
まあ、二宮くんがここにいたら、“仕事しろよな!”と激が飛んでいそうだけど。



『…あ……』

「? 、どうかした?杏奈」



そんな2人を放置して勝手に食事をしていると、心臓がドキッと鼓動を立てた。
別に酔っ払っているわけではないけど、ぼんやりとはしていたらしい。
流れているスムースなR&B曲に耳を澄ませていたら、思わず声を出してしまったのだ。



「杏奈?」



でも、つい。目が合うことはない智を、この瞳で捉えようとしてしまう。
同時に、雅紀くんが楽しそうに言ったその声が、妙に耳に残った気がした。



『あ…。ううん。なんでもない…』
 


そして、私はまた胸がいっぱいになってしまい、サラダを食べていたフォークを置く。
場所は離れているし目も悪いけど、確かに見えてしまったから。
もしかしたら、今日はバーでお酒を飲むことも出来ないかも知れない。



「あ、この曲!俺、ちょー好き。“Angel of Mine”!良い曲ですよね。ふふふふ」



――― 智が、確かにその曲を口ずさんでいるのが見えた。






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