“Angel of Mine” - 6/10
6 years ago.
「えっ。このシーンって、そういう意味があるの?」
智のリアクションの良さに、思わずコーヒービーンズのチョコレートを食べようとしていたその手が止まってしまう。 そして隣に座る彼に“うん”と言うのと同時に、チョコレートを口の中に入れると、コーヒー豆のカリッとした音と共に、ほろ苦い甘さが広がった。
「つまり?」
『つまり…、ジュリアンはマイケルを取り戻せない』
「マジでか〜。…うわ〜。すげーなぁ、それ。切ない話じゃん」
驚きとショックに溢れた表情。 癖になってしまったのか、横に置いてあったクッションをぎゅっと抱き締めている姿は、まるで小さな子供みたいだ。 それを見るだけで、隣に座る私は笑顔になってしまう。
――― なんてことない時間がこんなにも楽しいのは、きっと智と一緒だからだ。
雨が降り続いていた週末。 普通だったら外を歩くだけでも億劫になるはずなのに、智は絶対にデートをキャンセルしないから優しいと思う。 今日だって、“だったらDVDでもレンタルしてきて一緒に観よう”と言ってくれた。 だから私のアパートで、私の家のソファで、こうやって笑い合っていられるのだ。
『ふふ。確かにそうかも。分析しながら観てると、そういう結末が結構最初の方で分かっちゃうのよね。…でも、この後のシーンになるんだけど、私はそこが凄く好き』
「この後?」
『うん。もう少しだったはず』
ただ黙って観てるのもつまらないので、分析しながら鑑賞していたら、早々とハッピー・エンドじゃないことをうっかり教えてしまうことになった。 そんなラストが用意されているこの映画を“切ない”と騒ぐけど、同時に私の言葉に興味を示す。 でも、2人で肩を寄せて、ちょこちょこと挟まれるユーモアたっぷりのシーンに笑い合っていると、若干切なめな、その大好きなシーンを教えるのはちょっと気が引けてしまいそうだ。
『あ、ここ』
「ここ?」
ジュリアンと元彼のマイケルが、遊覧船に乗って思い出話をする。 その前の食事会に触発されて、お互いの今の悩みや価値観の違いを思い知ることになる、少し切ないシーン。 会話の内容も、“付き合ってた時は愛してるなんて言わなかったよね、僕たち”なんていう、ジュリアン的にはショックなもの。 隣に座る智も、“なんでこんなシーン?”と言った表情で見つめるけど、そうじゃないのだ。
私が好きなのは“2人の曲”という、そのワード。
「2人の曲?」
『うーん。つまり、思い出の曲っていうか、テーマソングってことじゃない?2人の歴史を象徴するような…。ジュリアンたちにとっては、それが“The Way You Look Tonight”なの』
「あ、そういうことか」
『日本だとあまり意識しないけど、そういうのを2人で作っていくのって素敵だなー、って思って。だから好きなの。シーンっていうか、そのワードね』
そう言いながら、コーヒーを一口飲む。 画面の中では、その“2人の曲”をマイケルが歌いながら、一緒にダンスをしている。
ジュリアンの瞳には、涙。
『………』
このシーンはラストにまで繋がっている。 結婚するキムと自分の間にはまだ曲が無い、と悩むマイケルに、最後の結婚式で “2人の曲”である“The Way You Look Tonight”をジュリアンがプレゼントするのだ。
“今夜だけ、貸してあげる”
“これからは2人で自分たちの曲を見つけてね”
涙ぐみながら。でも、笑顔でそうスピーチをするのだ。 それほどの力がある“2人の曲”という外国の価値観に、私は密かにずっと憧れを抱いてきた。
「“2人の曲”か〜…」
『ふふ。素敵だよね』
――― 憧れは、憧れのままのはずだった。この時までは。
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