“Angel of Mine” - 4/10
side. O
「先生っ!」
昨日の夜は、結局あのまま寝てしまった。 どんなに考え巡らせても答えは出て来ないし、そもそも時間は戻すことは出来ない。 シャッターを切ることが出来なかったことを後悔するよりも、いつかのために、今という瞬間を大切にしていかなくちゃいけないと思うから。 それに、杏奈も“写真を見せてね”と言っていた。
だったらその時のために、俺は前に進まなくちゃ。
「あ…。翔くん」
「はぁ…。やっと気付いた。…作品に集中するのはいいけど、俺の話はきちんと聞いていて下さいね?」
ため息を吐きながら、昨夜のままにしておいた、床に散らばった写真を拾い集めていく。 相変わらず翔くんはスーツ姿で、今日も俺を“先生”と呼ぶけど、それも俺をプロとして扱ってくれているからだ。 俺のために契約している他のアーティストを違うスタッフに任せて、こうやって同行してくれている。 翔くんに感謝しているのは事実だし、“少しぐらいは言うこと聞かなくちゃな”、とちょっと反省した。
「先生〜。お願いだから食事くらいはきちんととって下さいよー。倒れられちゃ困るし。カフェでもいいんで、一緒に行きません?」
「え〜?別に今腹減ってねぇし…。面倒だし、いいよ。俺は」
たった今反省したばかりなはずなのに、“食事に行こう”と言われて、早くもだるくなってしまう。 だって、食事は常に常備されている冷蔵庫の中のもので足りているし、いざとなったらルームサービスだってある。 でも、俺がそんな風に返すと、“またそういうこと言う”、と非難めいた声が聞こえた。
「…いいじゃないですか、少しぐらいカフェに行ってコーヒーを飲むくらい。いいリフレッシュにだってなりますよ?」
「でもなぁ〜」
「もしかしたら、そこでいいものが撮れるかもしれないし」
「うーん…」
そう言われると、そんな気もしてくる。現に、俺はまだ人が多いデッキしか出入りはしていないし。 カフェやレストランで“残しておきたい景色”があるかもしれないというのは、確かに翔くんの言うとおりだと思う。 それに、思わず作業していた手が止まってしまっているのは、その提案にそそられている証拠だ。
だから、ちょっと考えた後にこう約束した。
「分かった。行く」
「! 、良かった。そう言ってくれると安心しま、」
「でも今は行かないよ?作業してるし。夜の夕食だったら行ってもいい。…それでいーべ?」
「…分かりました。それぐらいは俺も譲りますよ」
そして、また笑いながら写真をまとめ始めるけど、からかうような“こういうところが意外に頑固なんだよな〜”、と呟く声が聞こえてくる。 俺はその言葉の意味を考えるけど、同時に“翔くんだって頑固だ”、と思う。
じゃなかったら、パンフレットを見せて、めげずに映画に誘うはずがない。
「その調子で映画でも観て気晴らししてきたらどうですか?今日だったら、…午前のはもう間に合わないか。でも、午後のやつとかだったら行けるでしょう?」
「いいって、別に。夕食に行くだけで勘弁してくれよ〜」
「はは!分かりましたって。…でも、午後の映画面白そうだよ?【ベスト・フレンズ・ウエディング】だってさ」
「…!…」
そのタイトルに、心臓がちょっと動いたような気がしたのは俺の気のせいかな? でも、翔くんの“懐かしいね、結構古い映画だ”と言う独り言がきちんと聞こえたから、そこまで動揺してるわけじゃないんだと思う。
まあ、別に動揺するような、嫌な思い出があるわけじゃないんだけど。
「…その映画だったら、尚更行かねーな。俺」
「? 、なんで?」
「前に観たことあるし、内容も覚えてるから」
「ふーん…」
翔くんの話し方はいつも通りに戻っていて、いつの間にか仕事モードは終わっていたことに気付く。 そのせいか俺もつられて、作業していた手が止まったままになっていた。 これじゃいけないと思ってまた動き出すけど、再び、今度は体ごと一瞬止まってしまう。
――― 理由は、昨日の朝のように、翔くんが同じ名前を口にしたからだ。
「…俺の予想だけど。…夕城さんと観た?この映画」
その言葉にドキッとして翔くんに振り向くと、“またビンゴ?”と笑顔を見せる。 理由はなんだか分からないけど、ちょっと悔しくって仕方ない。 だから意味も無く、俺も“昨日、なんか杏奈に話した?”なんて訊いてみるけど、同じように笑って返されてしまう。
この旅が始まってからというもの、翔くんにはしてやられてばっかだなぁ。俺。
「はは。…話しちゃいけないことでも何かありました?」
・
|