“Angel of Mine” - 3/10
5分丈の袖に、膝よりちょっと上のワンピース。 ただのフェミニンで終わらないスパイシーな黒は、サンダルも含めて、だからフェンディは好きだ。 若いというだけでは絶対に似合わない、大人の余裕が見える。
「杏奈、その服良いね。似合ってる」
そんな風に密かな自信を持って着ている服を、潤は手放しに褒めてくれるから嬉しい。 本人は意識せずに言っているのかも知れないけど、こういうことが出来る異性はなかなかいないことを知っているから。 私が“ありがとう”と言うと、潤も笑って“どういたしまして”と返す。 たったそれだけで、僅か3日目にして定番化した【Paint by Numbers】での朝食メニューは思い出深い味になりそうだ。
さっき二宮くんに会って雅紀くんが今はいないことは知っていたけど、今日は潤が一緒だからコーヒーを奢ってもらう必要はない。 フレッシュブルーベリーのパンケーキにぴったりのコーヒーは、目の前の親友が奢ってくれる予定だ。 今日は天気がいいのもあって、解放されたデッキの上で朝食をとっている。
『ね、潤。そのスコーン美味しそう。一つ、ちょうだい?』
「ん。どーぞ。代わりに杏奈のも一口いい?」
『どーぞ』
手作り感たっぷりのスコーンをかじりながら、海を見る。 二宮くんと見た時と同じように、キラキラと波間が揺れている。 ただ、その様子に見入ってしまうのは綺麗ということだけが理由ではない。
――― 朝と夜、太陽と月。それだけで、こんなにも海の見え方は変わるものなんだろうか。
『………』
昨晩、5年ぶりに智と2人で話をしながら見た海はやけに静かだった。 櫻井さんからNYでの話を聞いたら居ても立ってもいられなくなって、つい見つけた智に声を掛けてしまったけど、あのファインダーの中に何を見ていたんだろう? 智のことだから、ただの月と海じゃない。きっと、私とは違う世界が見えていた。
そんなことを考えていると、潤が私に声を掛ける。 瞳は目の前の海と同じように楽しそうに輝いていて、話を聞く前から、なんだかワクワクしてしまいそうだ。
「杏奈、この後はどうするつもりなの?なんか予定ある?」
『うーん。一応スパにでも行こうかな、って思ってたけど』
「そっか。だったらさ、ランチ食べた後に映画でも観に行かない?どうせ俺もそれまではやらなくちゃいけないことがあるし」
『うん、いいわよ。シアターの方にはまだ行ったことないし。何上映してるの?』
「えっとねー…、ちょっと待って?」
そう相槌を打ちながら、ポケットの中から案内のマップを取り出す。 どうして男の子っていうのは、バッグを持ち歩かずに何でもかんでもポケットに入れてしまうんだろう? いくら荷物が少ないからといって不用心にもほどがある。
「…午後の回だから、これになるかな。大丈夫?」
『…!…、うん…』
潤が広げたマップには上映予定の映画のラインナップに、その時間。 なんてことない当たり前のパンフレットだけど、一瞬ドキッとしてしまう。 その指が指したタイトルは、この5年間、一度も観たことが無い。
“ベスト・フレンズ・ウエディング”
『…これってジュリア・ロバーツの?』
「うん、だね。…あ、もしかして観たことあった?」
『まあね?』
そう。観たことがある。 例を挙げるなら、昨日の夜に9デッキで久しぶりに話をした人と。
でも、それが観たくないという理由にはならないし、嫌な思い出があるわけでもない。 だから気を遣って“じゃあ今度にするか”、と言い出す親友の前に、笑顔で言ってやるべきだ。
『でも、ずっと前に観たやつだから内容もうろ覚えだし。全然オッケー。ランチの後、観に行こう?』
言いながら、コーヒーを一口、スコーンを流し込むように飲んだ。
――― 本当は内容はしっかり覚えてるけど、こんなの、大した嘘じゃない。
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