“Angel of Mine” - 2/10


side. N



カードキーが山ほど管理されているセキュリティ室には、小さい窓が3つあるだけだ。
ゲストが過ごすキャビンとは全く違う空間。
嫌いじゃないけど、さすがにずっとそこに居ると息苦しくなるのは当然のことだった。



「すげー、眩しい…」



だからこそ、夜勤明けの時はこうやってデッキに出たりするのだ。
視線の先では、朝の光で水面がキラキラと光っている。
いつもは眠気覚ましのために相葉さんにもらったコーヒーがこの瞬間のお供なんだけど、今日はそれだけじゃなかった。



――― 本当に、この人は不思議な人だ。



『でも凄く綺麗。ある意味、二宮くんや雅紀くんは贅沢よね。こんな景色を毎日見られるんだから』

「いや、そうでもないですよ。相葉さんは確かに楽しんでると思うけど、普通の人だったら1週間で飽きるでしょう。こんなの」



朝の7時、5デッキでコーヒーを持ってぼんやりしていたら、杏奈サンに声を掛けられた。
スニーカーに7分丈のジャージのパンツ。小花柄のタンクトップに腕まくりされたパーカ姿は、この景色には爽やかすぎるほど。
なんでも前日に案内のマップを見直していたら、デッキでジョギングしてもいいことを知ったらしく、体力維持のためにも実行していたらしい。



「それに、なんつーか…。杏奈サン、元気っすねー。だいたい、体力維持ってなんのためのですか?確かにずっと船に乗ってれば体は若干鈍るかもしれないけど、そこまで必要に迫ることもないでしょう?」

『うーん。っていうか癖なの。普段仕事をスムーズに進行させるためにも体調管理は絶対でしょう?取材したりもするから、体力はつけておかないと持たないのよ』

「へー」

『それに友達が朝弱くて。この時間に起こしに行っても意味無いから。だからそれまで走ってようかな、って思ったの』



そう言いながら伸びをする。
背筋は綺麗にピンと伸びていて、本当に毎朝こんなことやってんだな、なんてぼんやり思う。


出会ってからそんなに日にちは経っていないけど、杏奈サンが仕事を大事にしているのは何となく分かっていた。
俺のする話一つ一つを書き留めたり、休暇なはずの今、こんな風に走ったり。
その証拠に、パーカのポケットにはペンとメモ帳と一緒に、デジカメが入っているのが見えているのだ。
他のゲストだったら思い出のために持ち歩くカメラだろうけど、この人の場合は取材を兼ねているに決まっている。絶対に。



『友達が起きて朝食をとったらスパにでも行こうかな、って思ってるの。確かあったわよね?』

「ありますよ。ジムもあるし、杏奈サンだったら制限のあるエクストラ・デッキの屋外プールだって入れるでしょ?カルチャースクールではヨガやピラティスだってあるし」

『ジムとプールはともかく、ヨガやピラティスはパスね。あーいう、じっとしている系の健康法って苦手なのよ』

「んははは。そんな感じ」



海外旅行雑誌のエディターってことだから、きっと多くの国に行ったことはあるんだろう。
俺よりも年上なのに、俺よりもエネルギッシュなのは、きっと色んな文化に触れているからだ。
そのせいなのか、杏奈サンには“差別化する”という意識は見えても、“差別をする”という嫌味な部分がない。


じゃなくちゃ、俺みたいなスタッフに気軽に話しかけたりしないし。



「杏奈!」

『! 、潤?』

「…?…」



そんなことを考えていると、紺のタンクトップに同じ色の薄手のカーディガンを羽織ったイケメンが彼女の名前を呼んだ。
その様子は明らかに寝起きで、髪の毛も若干乱れている。
でも不思議に品はあって、見ただけでセレブだな、と分かった。



「ここにいたんだ?…朝食、食べに行こ?」

『え?どうしたの?まだ…、7時半よ?いつもあんなに寝起き悪いのに…。何かあった?』

「おい、失礼だろ、それ!昨日付き合ってやれなかったから、今日は杏奈のために早く起きてやったのに…。普通、そういうこと言うか?」



親しげな会話に、また髪の毛ぐちゃぐちゃにしてる!なんて言いながら交わされる自然なスキンシップ。
このイケメンが、ずっと杏奈サンの言っていた友達だということは確か。
でも、自分のしていた予想とは逆のパターンだったせいか、ちょっと驚いてしまう。だって……、




「友達って男だったんですか。てっきり女友達かと思ってた。んふふふ」

「…!…」

『え?まあね?』



俺の放った一言をきっかけに、彼女の後ろに立つ、そのイケメンと目が合う。
ほんの少しの警戒と、鋭さの雑じった瞳。
それに気付いたのか、杏奈サンが慌てて紹介をする。
そこでようやく俺たち2人の関係性が分かったし、瞳にも安堵の色が見えた。



『ごめん、潤。私、シャワー浴びて着替えて来るから、ちょっと待ってて?』

「おい…」

『すぐ戻るから!』



そう言って、俺が今日最初に見た時と同じように軽く走り、デッキから姿を消す。
俺の横では彼女の親友だという松本潤が、ため息を吐きながら手すりに寄りかかった。



「んふふ…。大変そうですね?あの人と付き合うの」

「…まあね?でも、他の誰と居るよりも楽しいかな、俺は」



――― うん。それは、なんとなく分かる気がする。






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