再会 - 9/12


『最低でも3カ月…。最悪、5カ月…』



頬を撫でる気持ちの良い風に、深い深い漆黒の色で染まった海。でも、その代わりに夜空が、この闇を綺麗に彩っていた。
手で掴めそうなほど近くに感じられる星たちは、言い過ぎでも無く、宝石のようだ。特に利用制限のある、ここ9デッキは、ライトも点々としているおかげで景色を邪魔することは無かった。
それなのに、私の心はその美しさに気付くことが出来ないでいる。それもそのはず、ついさっき、ようやく今回の旅の詳細が分かったばかりだ。



『もぉ〜…!潤にしてやられたぁ〜…!!』



約3週間の旅だと思っていたミステリー・クルーズは、おおよそ3カ月から5カ月程の日程を組んでいる企画だった。
思わぬ長期休暇に、そして潤に上手いこと言いくるめられてしまった自分が悔しくて、そう呟いた。
道理で、潤の荷物が無駄に多いわけだ。潤と自分を比べるのはそもそも筋違いかも知れないけど、それでもやっぱり、おかしなポイントは所々にあったのだから気付くべきだった。
だからと言って、潤に心から腹を立てることは出来ないのだけど。



『…仕方ない!こうなったら、潤のお望み通り、思いっきり満喫してやろーじゃない!意地でも、良い旅行記書いてやるんだから!』



怒れるわけが、無い。
給料も費用も、全て潤が出してくれているのはもちろん、そこまでして休暇が必要だ、と言って旅に誘ってくれたのだから。
それに、既に陸なんて見えないところまで来ているのを考えると、今更ジタバタしても遅い。ここまで来たら、楽しむことしか選択肢は無いのだ。



「“……of mine”、」

『…?…』

「“I look at you, lookin' at me. Now I know why they say”、」

『……』



陽は完全に沈み、歩く9デッキの上は雰囲気重視の為なのか、どこまで行ってもライトは少ない。加えてデザイン重視の手すりは、一定の間隔を空けて取り付けられていた。
おかげでロマンティック度とオシャレ度は抜群だけれど、欠点を挙げるならば、安全に関しては多少不安が残る。
だから、色んな意味で、当然の成り行きだったのだ。



――― 突然聴こえて来た、懐かしい曲と歌声に心がざわついた自分が、焦ってデッキから足を踏み外してしまうのは。



『きゃっ!!?』



どこからか響く歌声を探し、無意識に9デッキを足早に歩いた挙句、気付けば地面は無くなっていた。うっかり足を踏み外し、あっと言う間に身体は宙を舞う。
必死に伸ばした手が、なんとか手すりを掴まえたけど、それでも危険のカウントダウンが止まることは無い。潤が来るのを待てればいいけど、残念ながら、それまでこの状態を保てるほど、私は体力に自信は無かった。


バーに行く前に用事を片付けるとキャビンに戻り、待ち合わせをここにしていたのだけど、こんなことなら先にバーへ行っていれば良かったかも。
階下のデッキに飛び下りれば、怪我は免れないけど、命が助かる可能性はまだあるだろうか?
この時間は他のゲストもバーやカジノへ行っていて、助けも来そうに無いし…ってか、そもそもこんな暗いデッキに用は無いんだけど。きっと。



『冗談でしょ…っ…!』



悪態をつき、無謀すぎる考えが頭を過り、仕舞いには涙が零れそうになる。
でも、そんな時にまたも心が大きくざわついたのは、落ちたデッキから、誰かの声と手が伸びたからだ。



「早く!手ぇ、掴んで!!」

『っ、え…!?』



頭上から聞こえた大きな声に、やっとのことで顔を挙げる。
目が悪いし、この暗闇のせいで誰かは分からないけど、潤ではないことは確かだった。それに飛び下りるよりも、この手を掴んだ方が、命が助かる確率は高いことも。


だけど、その時から、分かってはいた。



「っ、あと少し…!」

『…っ、…!』

「! 、やった……っ、!?」



必死で伸ばした自分の手と、それを掴もうとする相手の手。何度か指先同士が触れ合った後、少しずつ距離は縮まっていく。
耳に届く声が、つい5分前まで探していた歌声の持ち主と同じ人だということも、薄々分かっていた。
でも、それを確信したのは、正に命が助かった瞬間で、この手が握り締められた瞬間だった。



『っ、…!…』



一気に力が抜けてしまったのは、ずっと手すりに掴まっていて、体力を消耗したからじゃない。
命が助かって、安心したからじゃない。そんな、やわな女じゃない、私は。



『さと、し…?』

「…杏奈?」



――― この声も、手の感触も。遠い昔に、感じたことがあるからだ。







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