再会 - 8/12


「俺は別にいいけど、本当にこれで足りんの、杏奈?」



ピザソースが付いた親指を舐めながら、潤が私に尋ねる。
乗船時に着ていたスーツの代わりに、ジーンズにTシャツとジレを合わせたカジュアルな格好へと変身しても、親友のイケメンぶりは変わらない。
それどころか、周りからの視線は更に痛く、多くなっているようで、こちらとしては迷惑なぐらいだった。



『うん、これでいいの。後でバーに連れて行ってくれれば、私は満足だし』



そんな風に考えていることはおくびにも出さず、私もピザにかじりつきながら笑って答える。でも、ディナーの予定をこんな軽食にしたのには、他にも理由があった。
密かに、忙しそうに働くスタッフの中に5デッキで知り合った相葉くんがいないか、ずっと横目で探し続けている。
だからと言って、初日からコーヒーを奢ってもらおう企んでいるわけではない。単純に、彼がこの豪華客船のスタッフとして、どんな風に働いているのか興味があったのだ。
彼が働いているという【Paint by Numbers】は、夕食時だというのに、想像以上に賑わっていた。



『あ…』

「ん?どうした?」



広い店内を、探し続けること約5分。探していた明るい茶髪の持ち主を、10メートル先のテーブル近くで見つける。
人懐っこい人柄は他のゲストからも好評なようで、彼の周りには、もう陽が沈んだというのに光が溢れているようだった。
私が見つめていると彼の方も気付き、デッキで別れた時のように無邪気に手を振ってくれる。



『制服、タブリエなんだ…。ふふ』



白いシャツに長い黒のタブリエ・エプロンは、身長のある彼には良く似合う。加えて抜群のスタイルとルックスは、カフェ店員にしておくには勿体無いほどだった。
私も手を振り返すと、オーダーされた料理をサーブしながらも、にっこり笑って返してくれる。その様子に、潤も不思議そうに私の視線の先を追った。



「? 、誰?あのウエイター。知り合い?」

『ふふ。船内を見回ってた時にデッキで知り合ったの。来るって約束したし、愛想も良くて良い子だったから、働いてる姿を見たいなーと思って。よく分かんないけど可愛いし、年上の女性とかに人気ありそうよね』

「ふーん。ってことは、杏奈もあーいうのがタイプなんだ?」

『あのね…。確かに彼より年上だと思うけど、ただ可愛いって言っただけで、なんでそうなる……って!あー!?』

「? 、杏奈?」



唐突に始まった潤の意地悪な質問に、相葉くんと出会った経緯を説明しながら反論する。でも、同時にずっと引っ掛かっていた疑問も思い出し、大きな声を出した。
二宮くんが現れたことで訊くことが出来なかった、私が持っている情報と合わない、あの話だ。



『ねえ。潤の話ではこのクルーズって、約3週間の予定よね?』

「は?」

『“は”?』

「んなわけないじゃん。船で世界一周、しかもミステリー・クルーズだぞ?3カ月は余裕で超える予定だけど」

『は?』

「言わなかったっけ?」

『はあーっ!!?』

「……言わなかったみたいだな」



そう言って、潤は気まずそうに私を見る。でも、すぐに悪びれもなく、こう言うのだ。
ピザにかじりつきながら、平然と。



「ま、でもいいじゃん。代理が杏奈の代わりに、しっかり働いてるんだから」

『あのね…!だからと言って、こんな条件は私聴いて無い、』

「んなこと言っても、もう下船は出来ないよ?分かってると思うけど」

『っ、…!』



冷静に当然のことを指摘され、言い返すことも出来ない。思わず頭を抱えた。まるで、校了前の自分みたいだ。
でも、キャビンの値段が5千万することも、子犬が大きく成長するだろうことも、1人で参加するには寂しすぎることも。
確かに、3カ月以上かかる旅であるなら、どれもおかしなことではない。寧ろ、全てに置いて的確だとすら思う。


すると、そんな私に潤が、更なる追い討ちをかける。



「もしかしたら、最悪5カ月いくかもな」

『っ、冗談でしょ…』



――― 真の旅のプランは、今回持ってきた旅行記用のノートだけじゃ足りなさそうだ。






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