誕生日は波乱の幕開け - 3/9


side. N



店の常連、夕城杏奈が琥珀色の液体を一気に口の中へ流し込む。
カクテルの女王と称されるアルコール度数が高いマンハッタンも、こうなっちゃあ形無しだ。俺はこいつが本気で酔っ払っているのを、まだ見たことが無い。



「さて、と…」



店内の様子を確認すると、また妖しいカップルが何組か来店していたらしい。その奥では、若い連中が少々酔っ払ってきたのか、声が時折大きくなる。
酒は注文されれば何でも作るけど、決して愛想が良いわけではないこのバーは、基本的に俺が自ら動くことは無い。酒は客に取りに来させている。
そのせいか、客の数を把握することはないけど、心配は無かった。



――― なぜなら、客層のほとんどが、セレブリティと呼ばれる金持ちばっかだ。



どんなに愛想が無くても、バカ高くても、既にステータスが出来上がったこの店では、文句を言うヤツの方が野暮というもの。言えば、そいつのレベルの低さが露呈されるだけ。
当初はそんなつもりは無かったけど、いつしかここは店の名前の通り、そんなヤツらの恰好の隠れ家となったのだ。
おかげで、他の店とは比べ物にならないほど、ランクも稼ぎもトップクラス。
だから俺は、きちんと金さえ払ってくれるなら、不倫カップルだろうと、ゲイだろうと、犯罪者だろうと、全然オッケーだった。


この店の最大のステータスは、金があるか無いか、だから。



『はぁ…、最低。もうすぐ誕生日も終わっちゃう。その前に、新しいターゲットはきちんと決めなくちゃいけないわよね。時間を無駄にするのは良いことじゃないし』



頬杖を付き考え込む杏奈は、この店の最初の客であり、すぐに常連客となった、裕福な生活を送っている人間の1人だ。
因みに、杏奈が座る俺の真ん前であるカウンター席が、この店の一番の席だろう、きっと。


でも、杏奈は他のヤツらとは少し……、いや、全然違う。



「てかさ、お前がデートする相手なんて残ってんの?もう、ほとんど付き合っちゃったんじゃない?」

『だからこそ、こうやって考えてるんじゃない!この際、海外にまで射程範囲を広げた方がいいかな?』



何の不自由もない人生だろうに、なぜだかより良い生活を目指し、片っ端から名立たる男と付き合っては、挙句、フって帰って来る。
杏奈が目指すのは、金持ちの男との結婚だ。
さっきの話だと、恐らく今日もそんな感じで、相手の男はお気に召さなかったんだろう。



「んふふふ。海外ね〜…。まあ、悪くないと思うけど?」

『…? 、何、その反応。もしかして、既に新しいターゲットの目星は付いてたりする?』

「まーね?お前的にも悪い条件じゃないと思うよ、次は。今までで一番のターゲットかも。Aランクの中の、更にトップクラスって言ってもいい」

『! 、さすがニノ!誰?』

「んふふ、慌てないの。…2杯目は?俺も付き合うから、ちょっと一息入れさせ、……!…」



本題に入る前に次のオーダーを取ろうとした瞬間、この落ち着いた空間には迷惑な、けたたましい音が耳に響く。でも、それは他の客が騒いでいるわけじゃない。
スピーカーからジャズ・ミュージックが流れているせいか、杏奈も含め誰も気付かないけど、生憎俺は、これでもここのオーナーだ。ほんの僅かであっても、違和感には敏感でいる。



「まさか、この足音……」

『ニノ?』



地下にあるこの店と地上を繋げているコンクリートの階段を、騒々しく駆け下りる足音。もしかしたら、1段や2段は飛ばしてきているかも知れない。
金とは別に、違う意味で、“あいつ”はこの店に不釣り合いだと心から思う。



「ニノー!杏奈ー!お待たせ〜っ!!」

『! 、雅紀!』

「あ〜…。来ちゃったよ…」



勢いよく店の扉が開くと同時に、ドアベルが派手に音を鳴らした。
それでも一番うるさいのは、その扉を開けた本人だ。






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