深夜の秘密会議 - 8/10


今後の作戦を聞き終えると、右隣では更に内容を詰める為に、潤がニノに話しかける。
左隣では、相変わらず弾けた笑顔で、雅紀がスカイダイビングのグラスを合わせてきた。



「ひゃひゃ!楽しみだね、杏奈!でもさ、ニノはその日はどーすんの?今日みたく、ここで留守番してんの?」

「んー?そのことに関しては、出来れば俺も情報収集したいから、その日は行こっかなーって。…潤くん、俺が酒出しちゃダメ?」

「え?いや、別にダメじゃないけど。寧ろ、ありがたい。でも、いーの?」

「もちろん。潤くんの店の常連客なら、みんな金持ちでしょ?そーいう輩は、是非ともうちの店の常連にもなって頂きたいんで。んふふふ」



相変わらず打算的なところはあるけれど、ニノの作戦は完璧だ。完璧な作戦には、完璧な状態で挑まなければならない。
明日から、彼の情報はもちろん、ホテルのあらゆることを調べ上げ、きちんと頭に入れておかないと。
パーティで着るドレスも、また雅紀と一緒に探さなくちゃいけないし、今まで以上に忙しくなるのは必須だけど、最高にワクワクして仕方ない。思わず、もう一度決意を表明してしまうぐらいに!



『ふふふ…!ありがとう、ニノ。それに、雅紀も潤も。今夜、彼と直接会うまでは決め兼ねていたけど、もう迷わない。他の優良物件はリストから外す。それぐらい集中していかないと、彼を手に入れるのは難しいだろうしね』

「どーいたしまして。…でも、マジで翔くんも気の毒だな。日本に帰ってきたばっかで、早速お前みたいな女に気に入られてんだから」

『どういう意味?気の毒って言うなら、私と出会う機会が無かった、今までの彼の人生のことでしょ?今夜やっと出会うことが出来て、彼も私もラッキー。これが正解』

「ひゃひゃ!そーだよ、マツジュン!だって、俺も杏奈と出会えて、ほんっと〜にラッキーだな、って思うもん!」

「はぁ…。何でも良いけどさ。…でも、確かに協力はするけど、俺は翔くんの親友でもあるから、きちんと言うことは言わせてもらうよ?せっかく翔くんだって、これから本気で恋愛することになるんだろーから?」

「んははは!嫌な親友がいたもんだな。すげー楽しんでんじゃん」



そう言って、ニノも潤も、私のグラスと自分のグラスで、カチンと音を鳴らした。
すると、潤の言い回しが気になったのか、隣の雅紀が私越しに、楽しそうに質問をする。



「ねえ!でもさ?マツジュンがそう言うぐらいだから、やっぱり翔ちゃん、杏奈のこと好きなんでしょ?杏奈、可愛いもんね!」

「まーね?どれぐらいハマるかは分かんないけど、確実に気にはなってると思う。相葉ちゃんが言う通り、ルックスは抜群だし、頭も良いしね」

『ふふふ』

「…それに、“一応”ご令嬢だし?」

『…!…』



本日2回目のそのワードに、心臓が止まりそうになる。ある意味、このワードは唯一の私のコンプレックスだ。
隣に座る潤を軽く睨むと、横目で様子を伺い、すぐに諦めたようにため息を吐いて、私に向き直った。



「なあ…。ずっと思ってたんだけど、何でそんな拘らなくちゃいけないの?例え両親が離婚してても、お前の親父さんは今でも、十分すぎるぐらいお前を養ってるし、お袋さんも全然稼いでんじゃん。金銭面は全く問題ないはずでしょ?」

『それはそーだけど…』



――― 私のコンプレックス、“一応”が意味するのは、私の両親の離婚だ。



化粧品会社【Fearless】の社長であるパパと、その昔、会社の広告塔としてモデルをやっていたママ。
2人は恋に落ちて結婚したけど、私が高校生になる頃には完全に別居をしていたし、高校を卒業する時には、この国も2人の離婚は認めていた。
ママは商品開発の面でも欠かせない存在だったから、今でもビジネスパートナーとしては、仲良くやっているけど。



「確かに、潤くんの言うことは一理あるね。俺としては面白いから、こういうことやるのは全然構わないけど」

『何よ、ニノまで…』

「だって、今でも良い所に住んで、良い食事して、良い服着てられてるでしょーが。それだけじゃなく、離婚したはずなのに、お前の親父さんはお前を溺愛してる、って感じだし。何不自由ない、悠々自適な生活を送っておいて、何でお前はそんなにハングリー精神に溢れてんのか、って訊いてんのよ、俺は」

『それは…、』



潤の言うことも、ニノの言うことも分かる。ついでに言えば、私の手を握りながら、俺は味方だよ?って、雅紀が黒目がちな瞳で訴えているのも。
でも、私には私の見解があり、それ故に、私はこれまでずーっと必死に努力してきたのだ。
潤たちが私の考えを正そうとするなんて、そんな野暮なことをする人間ではないのは分かっているけど、これだけは、きちんと分かっていて貰わなければ。



『だって、いつまで今みたいな生活をしてられるか、分からないじゃない』

「杏奈…」

『…確かに、パパは未だに可愛がってくれてる。でも、ママと違って、パパは再婚してるの。その後妻は、私の顔を見る度に嫌味を言うぐらいムカツクし!』

「でも、お前も倍以上に言い返してんでしょーが」

「へえ?」

『っ、ちょっと黙ってて、ニノ!…それに、パパだってずっとは生きていられない。会社だって、ずっと上手く経営していけるか分からないし、どっちにしたって、私は継げないの!』

「まあ…、そーか。親父さんの方にはもう子供もいるし、よっぽどじゃない限り、杏奈に任せることはねーだろーな」

『そういうこと。ママもあてにならないし、だったら路頭に迷う前に、最高のお金持ちと結婚して……あ、もちろん“幸せな”、よ?…そういう、今と同じくらい、今以上の安定した生活を手に入れたいの、私はっ!!』

「「「………」」」



そう言って、あっと言う間に言葉を締めくくると、その瞬間、沈黙が私たちを包んだ。
聴こえるのはスピーカーから流れるジャズ、見えるのは薄暗い店内の中、唯一明るい光を放つノートパソコン。そして、真っ赤なコスモポリタンのグラス。


そう。だから、今回のターゲットを相手に、絶対にミスは出来ない。
全身全霊で、完璧なまでな作戦に挑み、完璧な彼を絶対に手に入れてみせる!そして、勝利のお酒を全員で味わう!

これが、私が望む、一番の夢だ。



「お前……、」

『? 、何?』



そんな、素晴らしい未来予想図を頭の中で描いていると、ニノが最初に沈黙を破った。
そして、潤が全く同じトーンで、ニノの言葉を繋げる。



「働けよ…」

「ひゃひゃひゃ!」

『それは絶対に嫌!』



――― 我がまま?違う。両親の離婚という不幸を背負った娘の、当然の権利だ。






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