深夜の秘密会議 - 6/10


潤が【hide-out】の料金設定に納得したところで、いよいよ本題。
今は他の女たちを出し抜く為にも、一刻も早く作戦を煮詰めるべきだ。ニノの作るお酒ばかりにスポットライトを当てている場合じゃない。



『で、どーなの、潤!協力してくれる?私、あなたの親友と結婚したいんだけど』

「っ、…いきなりそのワードを聞くと思ってなかったから、若干複雑だけど…」

「ひゃひゃひゃ!」

「…まあ、でもいいよ。これ以上、勝手に俺の店を利用されるのはごめんだし、せっかく翔くんがターゲットだっていうのに、ただ見てるだけってのは勿体ないしね。面白そうだし、協力する」



潤がそう宣言すると、ミスティーを作りながらニノがクスクス笑い、雅紀が私に良かったね!とハグを求めてくる。


ニノが考えてる今後の作戦が、いったいどういうものなのかは分からないけど、今夜、潤のレストランを作戦決行の舞台としたのは、引き続き、潤に協力してもらいたいことがあるからだ。
ハッキングのこともあるし、強制感は否めないけど、つまり、それぐらい潤の協力は必要不可欠。
彼が共犯者の1人になってくれれば、もっとスムーズに事が進むのは間違いない……、



「でも、一つ条件がある」

『え?』



大きく腕を広げた雅紀の胸の中に飛び込み、喜びを分かち合う。でも、カウンター席から潤が妙な言葉を投げ掛けてきて、雅紀も私も動きが止まった。
潤とニノを見ると、何を言うのかは理解しているかのように、2人は一瞬目を合わせる。
その様子を見て、ようやく自分がレストラン名を忘れるぐらい、彼としばらく距離を置いていた原因を思い出した。



――― しまった。そういえば、潤と知り合ってすぐの頃、私……、



「料理の試食。…これが俺の条件」

『っ、…』



彼の口から出てきた言葉は、普通だったら好条件とも思える、私の予想通りのもの。
でも、あっという間に顔色が変わり、言葉を詰まらせた私に気付き、潤は面白そうにニヤリと笑い、席を立って近付いてくる。


無意識に、身構えるように胸の前で腕を組んだ。



「人一倍…、舌は肥えてるんだよな?」

『っ、…そう、だけど…』

「俺もそれは認める。あのパスタで使ってるソースの隠し味が何か、当てたのは実際、杏奈だけだし。ここの料金設定も、そのお前が決めたっていうなら、納得出来る」

『…それはどうも』



なるべく目が合わないように瞳を逸らすけど、潤はもう1メートルも無い所まで足を進めている。
いつもは心地良い、ニノの軽やかなステアの音も、今はムカツクBGMと化していた。


ちょっと!少しぐらい助けなさいよ、分かってるんでしょう!?



「…だからこそ、俺の条件は“杏奈に料理の試食をして貰いたい”。これだけ。ちょうど、もうすぐ店を改装する予定だから、それに合わせて新作を用意したいんだよね」

『! 、改装?』

「そう。3週間後には一旦店を閉めて、2カ月後ぐらいにはリニュールオープンしたいと考えてる。……それが何?なんか不都合でもあんの?」

『別に…』



2カ月後にリニューアルオープン?
その頃には彼との婚約も決まってるかしら?だとしたら、こっちの計画も色々と考えることが多くなってくる……、



「っ、つーか改装を理由としなくても、前にも頼んだことがある通り、俺は杏奈には常に、料理の試食をして欲しいって思ってんだよ。分かってんだろ?」

『っ、それでも、そんな条件フェアじゃない!太ったらどうする気?彼と結婚するのが目的なのに、ベストな状態を保てないのは、誰が何と言おうと私の意に反する。ワークアウトにも余計な時間を費やす羽目になって、集中出来なくなるでしょ?』



改装するという計画に、一瞬意識が違う場所へ行ったが、それに気付いた潤がイライラし始めた。
私の言い分に、側にいた雅紀は不思議そうな顔をし、ニノは呆れたようにため息を吐くのが視界に入る。


でも、私の言っていることが理解出来ないとは、潤には言わせない。
以前、軽い気持ちで引き受けたその試食のせいで、ジムでのメニューを増やすことになったり、大好きなニノのお酒も、量を控えることになったりした。
彼が海外のイベントで日本を離れてる隙に、ケータイ番号を変え、勝手に役目を降りたのは悪いと思っているけど、それぐらい、私にとっては辛かったのだ。

何てったって、この人、もの凄ーく美味しい料理を作るし?全部のメニューを食べ終わるまで、絶対に帰してくれないし?



「そう言うと思って、リニューアルオープン用に、ヘルシーなメニュー考えてる。栄養的にもバランスが摂れてて、もちろんテイストも最高なもの」

『ヘルシー?』

「そ。杏奈も言ってたけど、うちのお客さん、女性が多いしね。な?それならいーだろ?」



潤のことだから、イタリア料理でヘルシーなんていう、一見無理そうな挑戦も、きっと完璧に成し遂げることだろう。
でも、だからと言って、この条件を呑んでいいの?迷っていると、カウンターに頬杖をつきながら、ニノが彼の後押しをする。



「…それぐらいやってやればー?お前ももう分かってるだろうけど、潤くんがいないと計画は進まないよ?」

『! 、でもっ、』

「杏奈!ここは目的達成の為っていうか、翔ちゃんの為にもさ!やってあげよーよ、マツジュンの料理の試食!」

『雅紀まで…』

「杏奈なら絶対に太らないし、もし太っても、俺が良いエステとか、ジムとか、そーいうの調べて、俺も一緒にワークアウト付き合うし!ねっ?」



ニノが憎たらしい笑顔を向けているのはともかく、いつもは絶対的に私の味方になってくれるはずの雅紀にまでそう言われると、自信が揺らいでしまう。
だって、雅紀が私以上に焦って、彼なりに必死に説得しようと、いっぱいいっぱいになっているんだから。
これじゃあもう、私には選択肢なんて無い…。


そう察すると、潤が顔を近づけ、さっきのニノと同じく、勝ち誇ったように笑って見せた。



「…で?答えはYES?NO?」

『…YES』



――― 今夜、私が悔しくて眠れなかったとしたら、絶対に潤のせいだ。






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