深夜の秘密会議 - 5/10


side. M



薄暗い店内は、以前来た時と全く変わっていない。
バーの癖に、なぜか存在するアンティークの時計も、趣味の良いBGMも、何もかも俺の記憶通り。
そして、一番良い席であるカウンター席を、さも当然のように占領してるのが、2時間前まで俺のレストランで食事をしていた杏奈と相葉ちゃんだ、ってことも。


客も客だけど、オーナーもオーナーだ。人の店を利用するようなことしやがって…。



「さっきは、色々とどうもありがとう。おかげで、終い作業を全部他のスタッフに押し付けて、ここに来る羽目になった」

「んははは。相変わらず真面目ですこと。でも、だったらもうちょっと店のセキュリティー上げた方がいいかもね?すげー楽に情報いじれちゃうから」



俺が嫌味を言うと、動揺することなく、この店のバーテンダー兼、オーナーの二宮和也が、笑って皮肉を言う。
その言葉に呆れるけど、口でニノに勝てるとは思っていないし、そもそもこの状況の原因はニノじゃなく、優雅にコスモポリタンを飲んでいる女の方だ。



「それは、ご忠告ありがとう。でも、ニノほどレベルの高いハッカーはいないと思うから、大丈夫」

「あら」

「ひゃひゃひゃ!」

「…それに、こんな理由で俺の店を利用するようなヤツもね?…杏奈」



空いている右隣へ座り、その本人を軽く睨む。
でも、余裕の姿勢は崩すことはなく、コスモポリタンを飲みながら、不適な笑みを浮かべるだけだ。ほんと、恐ろしい女……。



『ふふ。ごめんね、潤?でも、こうやって来てくれたってことは、私の狙いは分かってるし、協力するつもりでいる、ってことで間違いないんでしょ?あと、一応言っておくけど、潤の店を利用する作戦を考えたのはニノだから』

「っ、おい、杏奈」

『事実でしょ!』

「ひゃひゃ、確かに!」



ニノと杏奈が軽い言い合いを始めるけど、正直、今となってはどうだっていい。どっちにしろ、杏奈が言った通り、何もかも分かっているからここに来た。
それに、仕事と翔くんへのフォローで、既に疲れはピークだ。今は、ここに来たもう一つの理由を実現させる方が先だ。



「分かってるから、焦るなって。それに話をする前に、少し落ち着きたいんだけど。…ニノ、ミスティーちょうだい?」

「かしこまりました。でも、俺も訊いておきたいんだけど、潤くん、今日って現金?それともカード?俺としては、現金の方がありがたいなーって思ってるんだけどさ」

「は?」

「マツジュンだったら、3万はあるんじゃないの?てか、別にカードでもいいじゃん!なんで現金じゃなくちゃダメなの?」

『カードだと、すぐに売り上げ金として入ってこないから、ニノは現金に拘ってるのよ、雅紀。ね、そうでしょ?』

「は?」

「んふふふ。さすが、良く分かってんじゃん」

『ふふ!ずっとチーム組んでるんだから、当然じゃない』

「ひゃひゃひゃ!」

「ちょっ…、ちょっと待って?何話してんの?全然意味が分からないんだけど」



陽気に笑い合う3人に割って入り、全く解することが出来ない内容を知ろうとする。
話を聞いても、納得出来るかはかなり怪しいけど。



「何って、カクテルの代金の話しだけど。最低3万は無いと、グラスを出すワケにはいかないからね」

「3万?なんで、それが最低…、」

『1杯3万だから、よ』

「……はい?」



聞き間違いだとしか思えないワードに、十分な間を置いて反応を返す。
でも、隣の杏奈は無視するように席から立ち上がり、相葉ちゃんにダーツをやろうと持ち掛けた。仕方なく目の前のニノに視線をやると、わざとらしく肩を竦める。



「ちょ…カクテル1杯で3万って冗談だよね?ぼったくりにも限度があるし、俺が前に来た時は8千円前後だったはずだけど。つーか、それでも高いし」

「んー、まあね。確かにオープンから暫くの間はその値段でやってたけど、俺としても金は稼げるんだったら、とことん稼ぎたいし」

「はあっ?!でも、それにしたって、この値段の設定は…、」

「確か、杏奈が決めたんだよねー!8千円は安すぎる、つって!」

「え?」



背後から聞こえてきた相葉ちゃんの言葉に、後ろへ振り向く。
見ると中央に置いてあるビリヤード台に座り、その横で的を狙ってダーツの矢を構える杏奈を、相葉ちゃんは楽しそうに見ていた。



『だって、ニノの作るお酒は、それぐらいの価値があると思うから。潤だって、それは認めてるでしょ?だから、こうやって本題に進む前にミスティーを注文してる』

「そりゃそうだけど…」

『ついでに言えば、私の舌が否定出来ないくらい肥えてるのも、潤は知ってる』

「……」



確かに言う通り、ニノの作るカクテルが格別なのも、そう判断する杏奈の舌が肥えているのも、否定することは出来ない。
現についさっき、杏奈がレストランでソースの隠し味を見事に当てているのも知っているし、それ故に、3万という値段にも、俺は既に納得しかけてるから。



『それに……、』



杏奈が投げたダーツの矢が、的に命中する。
そして、相葉ちゃんと嬉しそうに“やった!”と手を叩くと、笑顔で俺の方へ向き直って、あっさりこう言い放った。



『これぐらいのお金、何てことないでしょ?潤だったら』

「…!…」



明るい相葉ちゃんの笑い声と、魅力的なまでに微笑む杏奈。
再びカウンターの中へ視線を戻すと、こちらも同じようにニヤリと笑い、また肩を竦めて見せた。



「…で、現金?カード?」

「カードで…」



――― 本当に客も客なら、オーナーもオーナーだ、こいつら…。






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