深夜の秘密会議 - 4/10


side. N



ピックで氷を砕いていると、地上からこの地下にある店へと続く階段が、騒々しく音を立て始め、前回の忠告が全く意味を成していないことに気付く。しかも、今度は2人も。
もし、今日注意した上で3度目があるなら、その時はこの愛用のアイスピックを投げつけることにしよう。何か文句を言われても、ダーツの練習だと言えばいい。



「たっだいま〜、ニノ!俺、スカイダイビングねっ!」

『私はコスモポリタン!』

「…かしこまりました。でも、その前にあんたらに言っとくけど、何度静かに入ってこい、っつたら分かるワケ?うるさいし、雰囲気ぶち壊しだし、何より扉が壊れんでしょーが」



俺がいつも通りの注意をすると、2人揃ってきょとんとし、顔を見合わせる。勢いよく開いた扉から姿を現したのは、この店の常連である夕城杏奈と相葉雅紀だ。
相葉さんはガチで俺の言っていることを理解してるか怪しいが、杏奈が音を立てて階段を駆け下りてきたのは、絶対にわざとに決まっている。たぶん、こいつなりの、ちょっとした仕返しなんだろう。



「え〜?でも、別にいいじゃん、今日は〜。だって、ほら!俺たちの貸し切りなんだし!ねっ、杏奈?」

『雅紀の言う通り。それに、ニノが私たちにした悪戯に比べたら、こんなの可愛いものでしょ?』



明るいベージュのワンピース風トレンチコートを脱ぎながら、いつもの指定席、俺の目の前のカウンター席へ座る。
唇の端はニヤリと上がっており、瞳は意味深に俺を見つめた。まるで、言いたいことは分かってるんだろ、と訴えるように。



「…悪かったって、きちんと情報を伝えなかったのは」

『しかも、わざとね』

「んははは。まーね?…でも、面白かったでしょ?作戦としては。それに、お前なら上手く利用出来ると思ってるから、やってんの。俺が伝えなかった情報が、お前を窮地に追い込んだってなら、それは本当に謝るけど」



今度は逆に、俺が意味深に杏奈を見つめる番。そんなわけないでしょ?といった風に。
すると、数秒間見つめあった後、杏奈が諦めたように、笑みを浮かべながら、ため息を吐いた。
その隣では、いつの間にか相葉さんも席に着き、杏奈を見て笑っている。


この女が、チャンスをふいにするような、そんなマヌケなことをするはずない。
きっと、わざと隠した情報も、状況も、最大限に利用して楽しんできたはずだ。



『はぁ…。もういい。そのおかげでワクワク出来たのは事実だしね。でも、また同じようなことをしたら、絶対に許さないんだから!』

「それは、こっちのセリフ。今度また階段を駆け鳴らすようなことしたら、ピックで刺すつもりなんで」

「ひゃひゃひゃ!」

『雅紀、気を付けるのよ?』

「ひゃひゃ…って、俺ぇっ?!」

『ふふ!』



一通り、お互いの言い分について話がつくと、注文されたカクテルを作ることにする。


先に相葉さんが言った通り、今夜は今後の作戦を煮詰める話し合いの為に、貸し切りにしていた。
他の客も、こんなバカげた計画を耳にしたとしても、絶対に本気にしないと思うけど、万が一、ってことがある。
せっかくの刺激的な楽しい時間を、無関係の人間にぶち壊しにされるなんて、冗談じゃない。
何の為に、杏奈みたいなイカレた女とチームを組んでると思ってんだ、って話になるのは、俺も杏奈もごめんだ。



「…で?作戦は上手くいったんでしょ?そのテンション高めな感じを見るに。つーか、上手くいってなきゃ、今夜話し合いする意味が無くなるから、そうであって欲しいでんすけど。んふふふ」

『ふふ、当然でしょ!出会いの演出としては、出来る限りのことをしたつもり』

「俺、食事しながらちゃんと見てたけど、翔ちゃん、絶対に杏奈のこと好きになったと思うなー。だって、帰る時まで、ずっと気にしてたもん、翔ちゃん!」



そう言うと、杏奈と相葉さんがハイファイブをする。
話を聞くに、今夜の作戦は滞りなく上手くいき、これからする話し合いも予定通り、無事に進められるってことか。
でも、俺が考えてる今後の作戦は、俺たちだけじゃ絶対に進まない。だからこそ、今夜の作戦決行の場となったレストランのオーナーが、必要不可欠だ。
“あの人”も勘が良い方だから、もう既に分かってはいると思うんだけど……、



「…!…」



出来上がった二つのグラスを出すと、同時に扉の向こうから足音が聞こえ、笑顔になった。
さっきとは正反対の、落ち着いた静かな音の持ち主は、俺の予想していた通り、自分の身の回りで何が起き始めているのか、ちゃんと察してくれたらしい。


うん。やっぱり、作戦の為だけじゃなく、一応、予約内容をいじっておいて良かった。
杏奈には、敢えて一部情報を伝えなかったけど、この人には、さり気なく示したつもりだったから。



「やっぱり、ここだったんだ。…久しぶり、ニノ」

「んふふふ。…いらっしゃいませー、潤くん」



俺のハッキングは、その瞬間のハッキングが脅威じゃなく、ハッキング出来る俺自身が脅威になるんだってこと。

知らせとかなきゃ、フェアじゃないもんな。やっぱ。






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