深夜の秘密会議 - 3/10


side. S



エレベータが到着のベルを鳴らし扉が開くと、再び目の前に、仰々しいまでの大きな扉が現れる。これが、1フロアをほぼ丸ごと贅沢に使った、俺の“部屋”であるスイート・ルーム。
本当に利用客の気持ちが知りたいんだったら、この広さは間違ってるだろ!と内心突っ込んでいたりするんだけど、だからといって拒否も出来なかった。
たぶん、良くも悪くも、こういう生活が完璧に体に染み着いているんだろう、俺は。



「では明日、また同じ時間に迎えに参ります」

「ん。よろしくね」

「それと、こちらの雑誌も一応渡しておきますね。先日受けたインタビューで、見本が届きましたので、ご確認して頂ければ」

「ああ、ありがと。見とくよ」

「はい。それでは、失礼致します」

「御苦労さま」



やっと出来た1人の時間は、秘書を見送った後で始まる。でも、その前に完璧に仕事を片付けてしまおう、と思い、ネクタイを緩めながら、たった今手渡された雑誌を確認した。
雑誌は付箋が貼ってあり、そのページを開くと、過大評価も甚だしいタイトルが目に飛び込んできて、気持ちうんざりしてしまう。


しかも、この時のインタビュアーが、また下らない質問ばっかりしてきたんだよなぁ、確か……。



「なんで、ビジネス雑誌が“好きな女性のタイプは?”なんて訊くんだよ…。ったく…」



そして、そんなインタビュアーに付き合って出した俺の答えも、また最悪だったりするんだけど。



「なんだ、“清楚で落ち着いた人”とか“価値観が同じ人”って…。無難にも程があるし、我ながら優等生すぎるだろ、この答え…」



自分のインタビュー記事を読んでいると、もはやただの羞恥プレイにしか思えなくなる。
一応、自分からツッコミを入れてみたけど、もしかしたら、あのインタビュアーも同じように思っていたんだろうか。だとしたら、ますます最悪だ。
けど、【SOAR】のイメージアップの為に受けた、こんな上っ面のインタビューでも、確かに俺の本音ではあったんだと思う。


きっと、この時は。



「はぁー…」



雑誌をテーブルに投げ置き、スーツ姿のまま、ベッドの上へ横になる。
このスイートルームは、きちんとホテル仕様でありながら、同時に経営者仕様だ。壁で仕切ることなくベッドが同じ空間に存在し、出来る限り、余計な移動を無くすように作られている。
いったい、どれだけ仕事漬けにさせたいんだよ、とも思うし、どっちにしろ1フロアを全部使うような部屋だったら、移動距離も何も無いと思う。



「夕城、…杏奈」



シンプルながらも、抜かりなく装飾が施された天井を眺めながら、確かめるように名前を呼んだ。
実を言うと、ここに帰ってくるまでに心の中では何度も繰り返したし、例えそんなことをしなくても、もうその名前を忘れられる気はしなかったのだけど。



――― こんなうるさい沈黙、初めてだ。



今夜出会った女性、夕城杏奈は、妙な違和感を覚えるぐらい、今まで見てきた人間とは違う気がした。
見た目は洗練されていて、間違っても文句をつけるような部分は無い。潤の“一応”という言葉は気になったけど、一つ一つの動作は、紹介された通り、正にご令嬢だ。



「なのに、何なんだろうなぁ…この感じ…」



そう。それなのにこんな風に引っ掛かっているのは、彼女が決定的に、今まで出会ったことのないタイプだからだ。洗練されていて、そつ無く動ける人間は、令嬢じゃなくてもたくさんいる。
けど、彼女は初対面の俺に向かって、あっさりホテルの欠点を指摘したり、潤とユーモアたっぷりに言い合うようなことをした。
一見、周りの目を気にするような、ありがちな令嬢タイプにだって見えるのに、彼女はそれを気にもしないどころか、自信を持ってそれらを武器にしているようだった。


社交的で、快活で、光を放つような眩しさ。会話は余り覚えていないけど、彼女のキラキラした笑顔はちゃんと目に焼き付いてる。
潤も、正直何を言いたいのかさっぱりだったけど、“お似合いだと思う”と言われて、悪い気はしない。というか、寧ろ凄く嬉しい。


……“嬉しい”?



「やべ…。俺、絶対になんかおかしい…」



雑誌で答えた、3時間前までの理想のタイプは、もう通用しないかも。






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