深夜の秘密会議 - 2/10


side. S



車の扉が外から開けられて、いつの間にか“家”に到着していたことを知る。
降りると、待ち構えていたのは先に車から降りていたらしい俺の秘書。相変わらずきっちりとスーツを着こなしていて、ネクタイが曲がっているのなんて、見たことがないほどだ。
中に入ると、遅くまで働いている従業員たちが、俺に向かって堅苦しすぎる挨拶をしてくる。



「お帰りなさいませ。お疲れ様です」

「ん、ただいま」



ここは、俺の父親が経営するホテル、【SOAR】。
“ホテル”を“家”とは変換出来ないのは承知だけど、事実上、ここが今の俺の家だ。


後を継ぐに当たって、経営のノウハウ以上に大事にするのが、“自分で知る”ということ。このホテルの良い所も悪い所も、自分で過ごして判断しろ、というのが、先代からの変わらないやり方なのだ。
だから、ここは間違いなく俺の家であり、エレベータに乗って向かうのは、スイート・ルームという名の俺の部屋。
この事実が嫌味になるのかどうかは、今のところ、ちょっと置いておきたいところだけど。



「お帰りになられたばかりで申し訳ないのですが、明日の予定をお伝えさせて頂きます」

「あー…。うん、お願い」



エレベータの扉が閉まり、動き出した瞬間始まるのは、後継ぎとしての試練。何不自由ない生活ではあるけど、日本に戻って来てからというもの、余りに忙しすぎる。
会議に、お偉いさん方との会食に、経営する多くのホテルの視察。それに、後々任せられることになるだろう、これからの新しい事業。


仕事は嫌いじゃない。でも、秘書が機械的に言う予定を聴いていると、つい、また明日もそんなのばっかりか、と思ってしまうのは、俺の我がままなんだろうか。
一通り聴き終わると、無意識にため息が出てしまう。



「…ところで、今夜のお食事はいかがでしたか?お久しぶりにご友人と会うことも出来、良い気晴らしになったのでは?」

「ああ…」



俺の様子を見て、取り繕うかのように、秘書が話しかける。
彼が言う通り、今夜は俺にとって久しぶりのプライベートの時間だった。


世界中に存在する有名レストランを自社に持ち、同じ御曹司として生きる潤は、以前開かれたイタリアでのパーティで出会い、それからの友人。【MANDATORY】は、潤がオーナーシェフとして経営するレストランの一つだ。
ほとんど海外で生活していた俺にとって、先に修行を終え帰ってきた潤は、日本での唯一の友人と言ってもいい。



「うん。…そうだな、」



でも、そう。今夜、妙に心が浮き立っているのは、懐かしい友人と、美味しい料理だけが理由じゃなかった。潤にはとても言えないけど、正直、あんまり味は覚えていなかったりする。
それなのに、レストランでの景色が鮮明に焼き付いているのは、きっと、今夜初めて出会った“彼女”が原因だ。


こんな自分を、仕事のパートナーでもある秘書に悟られたくなくて、必死に感情を隠して答える。



「…楽しかった。……凄く」



さっきから、ずっとだ。

どうしても、“彼女”の笑顔が心を捕らえて離してくれない。






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