幸せの隠し場所 - 1/2
“思いがけないことだった”
私との出会いと結婚について話をした時、彼はそんな風に表現した。 予定外なことというのは、できれば避けようとするもの。でも、思いがけないことというのは、自分のものになるまで、それが望んでいたものだと分からない。 彼らしい含みを持たせた幸せの表現に、頭の回転が余り速くない私は、何を言いたいのかイマイチ分からなかった。
――― そう。和くんは私にとって、いつもほんの少し、回りくどすぎるのだ。
「はい、そしたらそれをヘラでザクザク切りながら炒めるー!手早くね」
『え、ええ?こう?』
夕食には遅い、夜の8時半。私は旦那様である和くんと、自宅マンションから程遠くないもんじゃ焼き屋さんで、キャベツを炒めていた。 もんじゃ焼き初挑戦で必死に格闘する私を、何がそんなに面白いのか、彼はニコニコと笑って見ている。 時折、本当は地元のもっと美味しい店に連れて行きたいんだけどな、なんてわざと口走り、その度に店主から愛のある怒号を浴びせられていた。
「んははは。慌てなくていいから、しっかり炒めて」
そんな国民的アイドル、嵐の中で一番面倒で皮肉屋な彼と結婚をしたのは1年前。付き合って2年、結婚して1年の、3年目の付き合いになる。 プロポーズをしたのは“なぜか”私の方で、彼は驚きながらも、待ってたよ、と笑ってOKをした。 彼が本当に結婚したかったのかは分からないし、その相手が自分で良かったのかも分からない。でも、漠然とだけど、“待っていた”という言葉が彼の本音なのは分かっていた。
なぜなら、嵐イチ素直じゃなくて寂しがり屋でもある彼は、ずっと家族が欲しかったから。 そしてその望みは、私の妊娠5カ月目という今、少しずつ現実になろうとしている。
『これぐらいでいい?次は?』
「次はまーるく土手を作って、残った汁をその中に入れる。決壊しないように気を付けてね」
結婚しても変わらない飄々とした空気は、和くんの妻として見ても、客観的に見ても、これから父親になる人とは、やっぱり思えない。 それでも、私の膨らんだお腹の中にいる子供の父親は、正真正銘、間違いなく二宮和也なのだ。 パッと見じゃ父性の欠片も感じられない彼は、まるでドラマを見ているようにリアリティが無い。けど、彼は彼なりに、この数カ月間を支えてくれていた。
『もう、食べられる?』
「うん、いい感じ。よく出来ました」
妊娠して2、3カ月は、ただひたすらに悪阻との戦い。 食欲は激減、主食はグレープフルーツ。以前は食べられたものが食べられない辛さ。それなのに、不思議とマックはイケる。
そんな、未知との遭遇とも言える妊婦の不可思議さは、なんでも器用にこなす二宮和也でさえも、まごつかせた。 少し痩せた私に不安になり、でもどうすることも出来ない現状を、嵐の他のメンバーに愚痴ってみたり。 私は悪阻に苦しみながらも、戸惑い悩む和くんが新鮮で面白くて、他の妊婦さんには申し訳ないぐらい、あの辛い時期を楽しんだ。 密かにネットで情報収集してまで頑張っていた彼からすれば、きっと、ショックな真実だと思う。
『うん…!美味しい』
「そっか。良かった」
出来上がったもんじゃ焼きを、2人で小さなヘラですくって食べていく。 この様子からも分かる通り、(和くんの視点からすれば)辛かっただろう悪阻は無事に終わり、今は何でも元気に食べられる安定期。 仕事が忙しいのも相俟って、結局何も出来なかった彼は、フォローするように、悪阻が終わったら一緒に外に食べに行こう、と約束してくれていたのだ。 そのせいか、まともな食事風景も、彼が楽しそうに笑う顔も、久しぶりに見た気がした。
でも、この数カ月、彼を困らせたのは、何も悪阻だけじゃない。
「ところでさ…。なんであの時、杏奈はああやって風呂ん中に閉じこもってたわけ?いい加減、和くんに教えてよ」
『…!…』
「なんで、泣いてたの?」
心を読んでいるかのように、タイミング良く話を切り出すのはいつものこと。 和くんが知りたい“あの時”というのは、私が妊婦ならではの情緒不安定この上なかった時のことで、それ故にバスルームに立てこもった時のことでもある。 心配をかけたくなくて、毎回なだめられながらも、敢えて理由は言わなかったのだけど、かえって彼を不安にさせたらしい。
『なんで、……って…』
「うん」
電車の優先席を女子高生が占領していたとか。ゆっくり階段を下りていたら、後ろのサラリーマンに舌打ちされたとか。 心のバランスを崩す原因は常に違っていたけど、帰宅する度にバスルームに立てこもり泣いている私を発見する毎日は、なかなかスリリングだったと思う。 私自身にとってももちろん、和くんにとっては、大好きな私の笑顔が見られないのだから、悪阻なんかより、もっとタチの悪い母体症状だ。
「…杏奈ちゃーん?」
声のトーンは軽く、からかうような言い方。でも、過ぎ去った数カ月前のことを話しているとは思えないほど、和くんの笑顔はぎこちない。 そんな風に笑う時は、いつも決まって瞳は不安の色に染まっていて、それが彼の本音だと気付かされる。 滅多に見せない心の内側を、知らずしらずに露呈してしまうぐらい、心底、私に惚れているんだなぁ、と思うと、我ながら感心するレベルだ。
『…和くんってさー、本当に私のこと好きだよね!』
「はっ!?」
私の突然の言葉に驚いたのか、俯いていた和くんが、一気に顔を上げる。 残念ながら私は、彼の質問を理解する前に、先にこの結論に行きついてしまう為、結果、いつも話の流れを無視することになる。 和くんの大きなリアクションに笑いながらも、ふと、“これが出来れば避けたい、予想外なことってことね?”と考えたり、色々と頭の中は忙しい。
『あ、それよりね?明日の検診、和くんも一緒に行かない?結構、楽しいよ』
「いや、そんな遊園地に行くノリで誘われても、困るから!んふふふ…。俺の質問、どこ行ったのよ?」
私につられるように、もうどうだっていいや、とばかりに鉄板の上のもんじゃ焼きを食べていく。 半ば呆れながらも、和くんはいつも通りの調子を取り戻していて、それを見るとほっとするのと同時に、ほらね?と思うのだ。
――― 複雑じゃない方がいい。これぐらい、単純な方がいいでしょ?
『美味しかった。また来たいな』
「今度は地元の方ね。もっとうまいの食わせてあげるよ、杏奈に」
遅い夕食を終え、店から出る。都会の空は真っ暗で寂しくなるけど、自然と繋がれた手に、その事実はあっさり姿を消す。 私が大事にしたいのは、こういうシンプルなことだ。
面倒臭くて、皮肉屋で、寂しがり屋で、頭の回転は速いけど、何を考えているのかは読めない。 マニアックな嵐ファンじゃなくても、彼の大部分を占めるイメージはこんなもので、大抵の人はそんな彼にまんまと振り回され、挙句付いていけなくなる。 そのせいか、結婚してから、なぜ彼なのか?と多くの人に訊かれたのは、実は私の方だった。 5人いるメンバーの中でも、一番結婚と家庭のイメージから遠い人だから、それも仕方ないと思う。
『…ねえ、和くん?』
「んー?」
『今、幸せ?』
「え?」
でも私は、言葉は悪いけど、彼のイメージも個性も、どうだって良かった。 もっとはっきり言ってしまうと、彼の回りくどい表現は、彼ほど頭が良くない私にとっては、面白いけど意味が分からなかったのだ。
『幸せ?』
「……」
だから、私が出来るのは、素直に自分の気持ちをそのまま伝えること。そこに妥協をするつもりはないし、和くんに遠慮をするつもりもない。 私との出会いと結婚について、今なら彼が言いたかったことが分かるけど、照れ隠しの表現なんて、本当は“らしく”なんてないのだ。 彼との出会いと結婚、そして子供を授かった今について私が話すなら、たった一言で済む。
“和くんが好きだから”
そんな、私の何の脈絡もない突然の質問と、期待の眼差しに気付き、和くんはまたぎこちなく笑って見せる。 でも、さっきとは違い、自分の本音を私にさらけ出すんだと、理解した上での笑顔だった。
「…俺が今まで生きてきて良かったな、と思ったのは二つあるの。一つは、相葉さんや翔さん、大野さんや潤くんと出会って、嵐になれたこと」
『うん』
「二つ目は、杏奈に出会えたこと。俺みたいな男と付き合うのは大変だろうな、って自分でも思うから、こうやって受け入れてくれただけで嬉しいの。ま、受け入れるっていうか、ただ興味無かったって感じもするけどさ」
『そんなことないよ』
「んははは。本当に?…でもとにかく、そういうのすら俺にとっては新鮮だし、やっぱり杏奈のことは好きなんだよ。で、そういう本気で好きになった人と結婚して、自分の子供が出来たなんて奇跡だって思うの、俺は」
『ふふ』
「だから、なんていうかさ?俺と同じ気持ちを、よければ杏奈にもずっと味わって欲しいと思ってるよ、本当に。杏奈は信じないかも知れないけど、今の言葉をプロポーズに使いたかったしね」
『私からプロポーズして、悪いことしちゃったね』
「んふふふ。ほんとだよ」
そう言って、手を繋いだまま、しばらく黙って家路を辿る。心地よい風を受けながら、思いがけない1年越しのプロポーズに笑顔になった。 でも、それじゃあ十分じゃないことは、頭の回転が速い和くんなら分かっているはずだ。
まだ、隠した一言は貰ってない。
『…つまり?』
「つまりー……、」
足を止め、私に向き直って笑いかける。心なしか、お腹の子供も喜んでくれているような気がした。 私の大好きな、優しい笑顔の和くんだ。
「ありがとう。幸せです」
よく出来ました。
私たち、もっと幸せになれるよ。きっとね。
マイ・ベイビー ☆ マイ・ダーリン
(ほらね?やっぱり幸せは、複雑じゃない方がいいよ)
End.
→ あとがき
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