最強のポジション - 1/2


私と彼との生活は、とても騒々しく始まった。
その原因は、私の最初の飼い主のせいだというのが、彼の言い分だけど。



「じゃあね、しらたま!ニノに可愛がってもらうんだよ!」

「いやいやいや。そう言うんだったら、人のうちの猫に勝手に名前付けるのやめてもらえます?何よ、しらたまって」

「や、白いじゃん?だから。ニノ、もう自分で名前決めてたの?何?」

「ネコでいいでしょ。面倒だし」

「え〜っ!?そんなの可哀想だよ!だったら、しらたまでいーじゃん!」



マサキくんの元気な声と一緒に聴こえてきたのは、面倒そうに喋る、少し高めの声。
既にキャリーケースに入れられ哀れっぽく鳴いている私には、彼らの姿を確認することはもう出来ない。
でも、会話の内容から推測するに、私は今までいたマサキくんの元から、この新しい声の持ち主の元へ引っ越しをするらしかった。



「バイバイ、しらたま。時々遊びに行くからね!」



マサキくんにそう別れを告げられ、ケースの中で必死の抵抗をする。
どこかお出かけに行くのだろうと軽い気持ちでケースに入っただけに、マサキくんから、ろくに目にしていないこの声の持ち主の元へ離される現実が、余計に怖かった。


ケース諸共、私は彼の車の助手先に乗せられ、エンジンはかかり、大好きなマサキくんの声は遠くなる。
でもその数分後、スイッチが入れ替わったかのように、冷たい印象だった彼の声は突然温かみを帯びた。



「…もう少しで新しい家に着くからさ。それまで、もうちょっと我慢してよ。その中は、確かに狭くて嫌だろうけど」



――― どうやら私の新しいご主人様は、少しばかり面倒な人らしい。



猫は気ままな性格でツンデレだと言う人がよくいるけれど、そういう意味では、彼は猫の私よりも猫らしかった。
マサキくんの前ではあんな態度だったのに(後に、これも彼なりの愛情表現だと知ったけど)、1人になると優しい一面を出すことに躊躇いがなくなる。
時々口は悪くなるけど、意外にもマメで、私の食事の管理はマサキくん以上にしっかりしたご主人様だということは、否定しようがない。


そして、そんな彼の名前はカズナリさんといい、私の名前は……、



「アリーナ!ただいま。んふふふ、…マールは?」



そう言って、廊下で眠っていた私を抱きかかえながら、電気が付いて明るくなったリビングの中へ進んでいく。
マサキくんの元にいた時はしらたまと呼ばれ、一時はネコという酷い名前に改名させられそうになった私だけど、この家に来てすぐに、カズナリさんは当たり前のようにアリーナと呼び始めた。



「マール〜?」



眠っていたところを無理矢理起こされたことで調子が悪い私は、カズナリさんの腕から必死に抜け出す。
そして欠伸をしながら、彼がカーテンの陰やテーブルの下を覗き探すのを見つめた。


因みにマールというのは、カズナリさんの最初のガールフレンドであり、私の先輩猫のこと。
引っ越しをしてきたあの日、キャリーケースに入った私を見て、冗談でしょ…とばかりにため息を吐いていた、ちょっとばかり高飛車な先輩だ。この家に居る時に限って言えば、彼女はカズナリさんよりも気まぐれ度は高いけど、同時にとても頼りになる。
その証拠に、マールという名も、アリーナという名も、カズナリさんの大好きなゲームのヒロインから貰っていると教えてくれたのは彼女だ。
そして彼女は、今はカズナリさんのベッドの下で眠っているのだけど、それを彼に教える術は私には無い。



「あっれ〜?いねーな…。ま、いっか」



なんとも諦めが早い彼に、マールは寂しくならないのだろうか、と考えた時もあったけれど、今はこれが2人の関係なのだと理解出来る。
残念ながらマールは、余りベタベタしたいタイプの女の子じゃないのだ。
それに今は彼女だけじゃなく私がいるので、マールもカズナリさんも、他に構ってくれるお相手が出来て良かったと思っているらしい。


…うーん、なんて損な役回り。



「だったら、先にお食事にしますか」



未だに眠い目を擦る私だけれど、カズナリさんが戸棚をガサガサと音を立て始めたことにより、耳がピンとなる。
1日の3分の2を寝て過ごす私たちにとって、人間の世界がどんな風に回っているのかは分からない。
でも、何日かに1回の割合で、彼はいつも食べているご飯よりも、ものすごーく美味しいご飯をくれる時があった。そしてそれは、いつもあの戸棚からやって来る。
こればっかりは、マサキくんだって敵わないと思える、彼の素敵なところの一つだ。眠いのも忘れ、ついつい、お皿の前に走ってしまう。



「マールもそうだけど…なんなの、この餌?もしかして麻薬でもまぶしてあるわけ?すげー勢いよく食いつくけどさ」



私が舌鼓を打っている脇で、カズナリさんは不思議そうに首をかしげる。
そしてそのまま、帰ってきた時に持っていたビニール袋の中からおにぎりを取り出し、テーブルにも着かず、一緒に食事を始めた。



「んふふふ、美味しい?アリーナ」



それはもちろん、美味しいですよ!
でも、私とマールの食事にはこんなにマメに、且つお金をかけているというのに、カズナリさん自身のご飯がこれじゃあ、呆れるを通り越して心配になってしまう。
カズナリさんはマサキくんと同じ仕事をしているらしいし、そのマサキくんはたくさんご飯を食べる人だったので、こんなおにぎり一つで足りているのか、些か疑問だ。猫だって、あんな少しのシャケじゃ満足出来ないのに!



「ん…?なーに?欲しいの?」



そんなことを考えながらジッと見つめていたせいか、勘違いしたカズナリさんが、おにぎりの中身のシャケを私に分けてくれる。
別にそんなつもりで見てたんじゃないわ!と思いつつも、ちゃっかりシャケを頂こうとすると、恨めしそうな声を彼が出す。そして、ゴロンと横になった。
何がなんだか分からないなりにも、私はシャケを頬張りながら、そんな彼の様子を伺う。
床に寝転がったまま、横目で私を見る彼はどこか疲れた顔をしていて、茶色の瞳は寂しそうだ。私が言うのは変だけど、捨て猫みたいだ、と思う。



「はぁ…。いいよなぁ、お前は…」



もし、私がカズナリさんと同じように、猫じゃなくて人間だったら、こんな表情を見せる理由を問えたかも知れない。
“ねえ、何かあったの?”、“誰かに嫌なことでも言われた?それとも、仕事で失敗した?”
以前のご主人様は私がそんな風に訊かなくても、自ら1日にあったことを全部話してくれる人だっただけに、内に秘めたがる彼は歯痒いことこの上ない。
でも、私が人間であったとしても、彼が話してくれるかは怪しいものだった。


なぜなら、すぐにギュッと目を瞑って、また一緒に何もかもを隠してしまう。



「…っし!ゲームの続きでもしますか。アリーナ、こっちおいで…っと」



さっきまでのため息や、嘆くようなぼやきは幻だったのかと疑いたくなるほど、こういう時のカズナリさんは訳が分からない。
私はこんな彼の姿を見る度に頭が混乱する思いをし、同時にゲームなんて勝手にやればいいじゃない、とも思う。



「あとは、この面さえクリア出来れば楽勝なんだけどなぁ〜…」



またも突然抱きかかえられ、気付けばソファの上。彼が胡座をかく足をベッドにして、私は横になっている。そして、テレビからは軽快なゲーム音。
せっかく顔を洗っていたところだったのに…と思う以上に、どうしていちいち私を自分の元に置こうとするのか、という疑問は絶えない。
でも、無理矢理でもこうやって横にされ、喉や身体を撫でる手は少し冷たいけれど、とても気持ちが良いのは確かだった。
おかげで、私はもう何時間眠ったか知れないのに、もう一度瞳を閉じようとしてしまう。


それなのに……、



「…アリーナ?」



しらたまよりも、もちろんネコよりも。
完全に自分の名前だとインプットされたその名前は、呼ばれれば反応してしまうのは当たり前のこと。それがご主人様であるカズナリさんならば、尚更だ。
だからこそ、私はみゃーと鳴いて返事をするのに、後に続く彼の言葉はなかなか返ってこない。ただ、私を優しく撫で続けるだけだ。



「んふふ、アリーナ〜?」



それなのに、彼は何度も私の名前を呼び、私も何度もみゃーと返事をする。
何の意味も無い掛け合いに、いい加減腹が立ってきた私は体を起こし、非難めいた視線を向ける。でも、相変わらず彼はゲームに夢中だった。


これは、いったいどういうことなのか!



「んははは!ちょっと待ちなさいよ。ゴメンって、アリーナ!」



しつこくからかうカズナリさんに怒った私は、ピョンとソファから飛び下りて、水を飲みに走ろうとする。
でも、それすらも予見していたかのように、彼は素早く手を伸ばして私を掴まえるのだから、余計に腹が立つ。何より、彼が私に何を求め、どうして欲しいのかが分からないから、もっとイライラした。
ベタベタにくっついてきたり、からかって遊んだり、中途半端に愚痴を零したり…。


“ねえ、私にどうなって欲しいのよ?”


そんな伝わらない想いを伝える為に、必死で鳴き、必死にテレパシーを送る。
勘の良いカズナリさんなら、たとえ私が猫であっても、気付いてくれるんじゃないかと期待しながら。

すると、私を抱いたまま、彼はソファの上に転がり、笑ってこう言った。



「んふふふ…。実はさ、今日はちょっと嫌なことがあったんだけど……、」



僅かな沈黙。再び現れた寂しそうな瞳の正体を知り、彼の胸の上で様子を見守る私も、なんだか不安になってしまう。
けど、相槌を打つように、もう一度みゃーと鳴くと、彼はフっと笑い、観念したように私を抱き締めた。



やっぱり、私のご主人様はとても面倒臭い。

でも、こんな風に優しくてロマンティックなことを言ってくれるならば、それも案外悪くは無い。



「…どうだって良くなったよね、アリーナといたら。んふふふ…、ほんと可愛いんだから」



そう言われ、私は彼にキスをする。
その後、再びやってきた睡魔に落ちようと準備をしていると、こんなぼやきが聴こえてきた。
思わず、何を言ってるんだか…と呆れたように彼を見てしまったのは、当然のことだ。



「こんなんじゃ、彼女なんてしばらくは要らないかもな…」



そもそも、猫を2匹も飼ってる男に、彼女なんて出来るわけないでしょ!





Let’s Waste Time!

(永久恋人枠は、正にこのポジションってわけ。)





End.


→ あとがき





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