I am Me - 1/2


ファッション雑誌を開けば、スタイル抜群のモデルさん。テレビを付ければ、完璧なルックスを持った女優さん。
悔しいぐらい綺麗な彼女たちを見て、羨ましくなるのは、女の子だったら当たり前のこと。
そして私もそんな女の子のひとりであり、思わず小さく呟いてしまう。



『私も、こんな風になりたい…』



陽だまりの中の、賑やかな公園。ベンチに座り、暇つぶし程度に持ってきた雑誌を開きながら、目の前で元気に走り回っている子供たちを確認する。



――― “彼”は、まだ来ていないみたいだ。



私が学校にも行かないで、平日の午後にこの公園でこうしているのには、幾つか理由がある。
一つ目は、今日の講義はたいしたことないから。二つ目は、たいしたことない講義に出るんだったら、ここでこうしていた方が、よっぽど有意義だと思うから。
そして三つ目は、そう思えるぐらい、ここで会いたい、大好きな人がいるからだ。



『これだけのルックスがあれば、自信を持って声をかけられるのに…』



2週間前にこの公園で見た、名前も知らない大好きな人。
子供にわぁわぁ言われながら絵を描いていて、顔をしかめてウザったそうにしているのに、強く言えなくて、ずっと子供たちに囲まれていた。それなのに、結局せがまれて似顔絵を描いてあげたりしていて。
そんな風に接しながらも、不思議に穏やかな空気を出している彼に、気が付いたら惹かれていた。


正に、典型的な一目惚れのパターン。
あの日からずっとこんな風に、声もかけられないまま、毎日通い詰めている。



『前髪、おかしくないかなぁ…』



バッグから鏡を取り出して覗いてみると、“いつもどおりの自分”。今日の朝から、2週間前から何も変わっていない、“いつもどおりの自分”。
そして、そんな自分に向かって“ムカツク”と言い、激しく落ち込むという負の連鎖。


ルックスは変わっていないのに、恋をしたことでどんどん弱気になっていく。
現に、今まで満足していたはずの自分のルックスに、ここまで自信を無くしている。
しかも、まだ名前も知らない彼のせいで、声もかけられないどころか、そんな自分を責めているなんて私らしくない。



『ヤバ…。日焼け止め、塗ってくれば良かった、』

「ねえ!ちょ、ちょっと、ここに隠れさせて?!」

『え?…って、…!!!』



燦燦と輝く太陽を見て、日焼け止めを塗ってこなかったことを後悔した瞬間。
突然、背後から聞こえてきた声に体ごと振り返って、心臓が飛び跳ねた。


だって、ずっと待っていた彼が30センチの距離で、私の座るベンチの後ろに隠れてる!



「はぁ…。疲れたぁ〜…」

『………』



膝をつき、ベンチの背もたれに手を掛けたまま、息を整えている彼の横には、いつもの画材道具。
今まで、近くても15メートルは離れていたはずの突然の彼の出現に、若干のパニック状態に陥る。
そして、それに気付いた途端、自分の何もかもが気になってきた。


すると、彼が私の方へ身を乗り出して、こんな風に説明する。



「…ごめんね。ちょっと、子供に追いかけられてて、俺…」

『子供…?ああ、それで…!』

「なんていうか、俺、絵を描いてるんだけど、いっつも邪魔されてて。それで全然進められないから、走って逃げてきたの…。ごめんね?突然」

『い、いえ!そんな、大丈夫ですから!』



彼の視線の先を追うと、子供たちが“いた?”、“いなーい!”なんて言いながら走り回る姿。
私はそんな子供たちと一緒にいる彼を見て好きになったけど、確かにあの元気な子供たちと付き合うのはさぞかしキツイだろうな、とも思う。
でも、そのせいなのか、おかげなのか。
彼が、“だから悪いけど、しばらくここにいさせて?あいつらがどっか行くまで”というお願いにも、スグに理解は出来た。



「いい?」

『…ど、どうぞっ…!』



緊張するシチュエーションだけど、それでもチャンスには違いない。
とりあえず、こんな一言で噛んでしまったことに関しては、後で反省しよう。



「んふ。…ありがと」



そのままベンチの後ろで、芝生の上に座り込む彼。固い木の背もたれがあるけれど、まるで背中を直接合わせているように温度が感じられて、心臓が壊れそうになる。
平常心を保つために、さっきも見たはずの雑誌を開くけど、益々心は乱れてくような気がした。

だって、やっぱり彼の目に自分がどう映っているのかが気になるから。



『こんな風に、もっと綺麗だったら良かったのに…』

「え?」



一瞬、彼が後ろにいることすらも忘れて、こんな言葉が唇から零れてしまう。
すると、独り言なのか良く分からない私の呟きに反応した彼が、またこちらへ振り返り、思わず私は目を逸らす。そして、背もたれに腕をついて、私の読んでいた雑誌を覗き込んだ。


なんだか、さっきよりも距離が近い気がする。



「ああ〜。雑誌のモデルさんのことか」

『…!…』

「まあ、確かに綺麗だよね。プロだし」



紙面を彩る彼女たちを見て、彼が“綺麗”と口にしただけで、心が一気に沈んでいくのが分かる。
やっぱり、彼もこんなルックスがお好みなのだろうか。



『…こういう感じが、やっぱり好きですか?…あの、あなたは』



こんな風に彼と喋れる機会が、二度もあるとは限らない。
だったら、彼の好みはしっかりリサーチしておくべきだ。シャイになっている場合じゃない。


もし、ショートが好きなら髪を切るし、ロングが良いならスグにでもウィッグを付ける。綺麗になるためだったら、多少高くても良い化粧品を揃えるし、エステにだって通ったって良い。
最悪、彼が気にしないのなら、美容整形だって視野に入れよう。なんだってする。
とにかく、彼が一緒にいたいと思ってくれるような、そんなルックスが欲しいのだ、私は。



「うーん…」

『…?…』



私の下心満載の質問に、彼が雑誌を真剣に見つめ、考え込む。その沈黙がまた私を不安にさせるから、早く答えを得たくて仕方ない。
でも、彼の答えは答えではなく、質問だったけど。



「…こんな風になりたいの?」

『え?』

「最近、こういう子、良く見るよ?街で。森ガールだっけ?これ」

『えっと、あの…?』

「こういう公園とか、本当の森で見たことは無いから、好みかどうかも、俺はちょっと分かんねぇなぁ〜」



ちーがーうー!!そういう意味じゃない!森ガールになりたいなんて、一言も言ってなーい!!


“モデルさんのような、綺麗で可愛いルックスが好みですよね?”
そう質問したつもりなのに、見事に話は食い違い、会話も成り立っていない。
おかげで、ただでさえ不安定な私の心は大パニック。必死で話を立て直すために、脳をフル活動させる。



でも、その時。
彼が放った何気ない一言に、脳の電源がパチンと切られたような感覚が襲った。



「…こういう流行を追うのも良いし、確かにモデルさんも綺麗だけど、俺は自分のスタイルを持っている人の方が好きだなぁ」

『え…?』

「みんな同じような服やメイクしてて、それはそれで良いんだけど…」

『……』

「正直、見えづらいよね。その人の本質とか、そういう部分が」



きっと、彼は絵を描く人だからだと思う。
まるでアートの話をするように、私の悩んでいることを、さらっと言いのけた。


確かに服だったり、メイクだったり、その瞬間の流行があって、誰もがそれに乗っかっていく。だって、その方が楽だし、手っ取り早いから。
その方が、多くの人に“可愛い”、“綺麗”って思ってもらえるから。でも、目の前の彼は、それを“分かりにくい”と言う。



『で、でも、女の子だったら、このモデルさんや芸能人のようになりたいって思うし…』

「うん?」

『…っ、だからこそ、時々自信が無くなったりするんじゃないんですか。自分の個性とか、そういうこと気にする以上に。……好きな人がいたら、余計だし』



そんな風に、自分を含む女の子たちを肯定しようと頑張るけど、言葉に大きな力が入らない。なんだかやけに言い訳がましい気がしたし、余りにも彼の瞳が澄んでいるから。
最後に付け足した言葉は、私の精一杯の勇気だ。



「え。女の子って、みんなそうなの?自分のこと、綺麗だって思ってないの?」

『? 、そういうものだと思いますけど…』



そう言うと、目を丸くして、“ええ〜?”と驚く。
有り得ないとばかりの彼の反応は、リップサービスで言っているとは思えなかった。

たぶん、本当にそう思ってる。きっと。



「…それって、何でだろうね?ちゃんと分かってるのかなぁ…、自分の魅力」

『魅、力…?』

「うん。努力するのは良いし、それも可愛いよ?でも、その前に自分を知らないと、その努力も活かすことが出来ないと思うんだけどなぁ…」

『…!…』

「だってそうじゃないと、もしかしたら自分の良い所も失っちゃうかもしれないのに」



言いながら、不思議そうに雑誌をパラパラとめくる。途端に、その全てのページが色褪せて見えてきた。
目からウロコって、こういうことを言うのだ。きっと。



「今はさ、なんでも簡単で、手に入れようと思えば手に入るけど、その少しのお試し気分が全部台無しにすることだって、あると思わない?」

『そう、ですね…』

「うん。…このモデルさんとかだって、自分の魅力を知って、どういう自分が綺麗なのかってこと分かってるから、こういう風に輝けるんだよ。それはこの人のもので、他の人のものじゃないよね。それだと、ただの模倣っていうか…。まあ、流行って、そういうものなんだろうけど」



時間が止まって、音が消える。今まで感じたことのない空気の中、パラダイム・シフトを起こした瞬間だった。
そして、彼に恋をしてからの、自分の2週間を振り返る。



恋をしてから、どうしようもなく自信が無くなっていった自分。
以前はもっと自信を持って、服を選んだり、髪型を変えたりして、心から自分でいるのを楽しんでいたのに。
いつの間にか、違う誰かを理想像にして、自分だけの個性も、好きだった部分も、全部否定していた。
挙句、躍起になるほどじゃないくせに、無理に食事制限をしてダイエットまでしてみたり。


なんて、空虚な2週間を過ごしていたんだろう、私。



「自分は自分、他の人は他の人。…でしょ?」

『はい…!』



綺麗になろうと努力するのも、恋の内で醍醐味だけど。でも、どうせならハッピーな恋をしたいのは、みんな一緒のはず。
だったら、まずは自分を見つめ直さなくちゃいけない。


私の、私だけの魅力。
私がきちんと輝ける、最善の方法。


そんな単純なことを、まさか好きな人に教えてもらうなんて、情けない気もする。
それでも、良かったと思う。今、気付くことが出来て。
もう少しで、取り返しのつかないことになっていたかも知れないんだから。



『私は……、』

「ん?」

『私は、…このままで良いと思います?』

「…!…」



“以前の自分に戻りたい”

この恋を諦めれば、元の自分には戻れる。きっと。
でも、私が好きになった人はこういう風に言ってくれる人で、こういう人が相手なら、諦めなくても元の自分が取り戻せるような気がした。
自分が大好きだった、自分に。


だから、教えて欲しい。
もう時間もお金も、無駄にしないためにも。



「うーん…」

『………』



空を仰ぎながら、考える彼。でも、すぐに私を見て、ふにゃっと笑う。
その笑顔に、今までとは違う音の鳴り方を、心臓がする。



――― どんな褒め言葉よりも、それが一番嬉しい。今の私には。



「分かんない。だから今度、絵を描いてあげるよ。そうすれば分かるかも」

『え…。本当に…?』

「うん。だって、まだそもそもの君が分からないもん、俺。でも、絵を描いてみれば分かると思うんだよね。んふふふ…」



自分らしく、この恋に向き合おうとした瞬間。思ってもいないきっかけが、私に舞い落ちる。
やっぱり、今日はここに来て良かった。



「俺、大野智。よろしくね?…君の名前は?」

『私は…、』



今度、あなたに会う時は、もっと“自分らしい自分”でいたい。
だから、それまでに全てを取り戻そう。


“本当の私”を、あなたに好きになってもらいたいから。





I am Me.

(私は私。もっと自分を好きになって、またあなたと会うよ。)





End.


→ あとがき





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