Twisted Angel Part.2 - 1/2


インターフォンが鳴って、ハっとした。急いで薄めのリップを塗り、ざっくりとした黒のニット帽を、これまた無造作に被る。そして、全身鏡の前でバランスを見て、なんてカワイクないオンナ、と思う。
ワンピースもコートも、全体的にダークな色合い。オシャレだとは思うけど、仕事に行く時と変わらないような装い。靴以外全部がZARAとか、懸けているお金も、コーディネートを考える時間も、楽をし過ぎとしか思えない。
彼がどこまで自覚して動いているのかは分からないけど、少なくとも、わざわざここまで来ているのは確かだ。それなのに、こんな見慣れた格好でデートって、ちょっと可哀想だったかも知れない。



「お迎えにあがりましたよ、お嬢様。…準備オッケー?」

『うん。ごめんね、出て来るの遅くて』

「はは!別にいいよ。てか、今日素直だね?」

『調子狂うんだったら、最初っからやり直しましょーか?服も考え直すし』

「ははは、やめてやめて。店、予約してんのに。つーか、服直す必要は無くね?可愛いよ」



そう言って、私がアパートの鍵を閉めるのを確認しながら、翔ちゃんは楽しそうに笑う。
場所を指定して待ち合わせることもせず、クラクションを鳴らして車で待つこともせず、余りにも自然に、彼は住んでいる部屋まで迎えに来た。そして車に乗る時は、当たり前のようにドアを開けてくれる。
全身お手軽コーディネートも、天然紳士な彼には何の意味も持たない。いや、ただ単に、女の子のファッション事情に興味が無いだけかも知れないけど。



「シートベルト締めた?」

『うん』



私が頷くと、レッツゴー!と、テンション高めにノリノリでアクセルを踏む。
横目で確認した翔ちゃんは黒のジャケットを袖捲りし、インナーにはVネックの白Tシャツ。白ともグレーとも言えない微妙な風合いのジーンズはペンキステッチで、ゴツめの黒いブーツを合わせていた。
さっきまでの紳士な姿はもちろん、相変わらずのイケメンぶりも。それなのに、子供みたいに運転する姿や、髪が若干乱れてしまっている残念さ。色んな意味で彼はいつも通りで、そこが好きだ。
ハンドルを弾く大きな手と長い指は、さっきから曲に合わせてビート刻んでいて、その腕には高そうな時計が光っている。動き出した車内のBGMはやたらと楽しそうなポップソングで、私は、これ誰の曲だっけ?と考える。


ふと、盗み見した彼の時計は、約束した時間から、まだ8分しか経っていなかった。



『ねえ、予約してるって何を?』

「あー、ランチ。人気ある店だから予約しといたの。ちょっと早いけど、お茶するよりランチの方がいいでしょ?実際見たわけではないけど、たぶん杏奈好み」

『…なんで、翔ちゃんに私の好みが分かるの』

「杏奈のことが好きだから?つーか、調子取り戻すの早くね?せめて店に着くまでは、その感じ思い出さなくて良かったのに」



“急だけど、今度の土曜にデートしない?”

そんな突然の誘いから始まった今日は、デートっぽいけどデートじゃなくて、カップルっぽいけどカップルじゃない。いつまで経っても、私と翔ちゃんの関係は友達以上で恋人未満。
相変わらず余裕綽綽で、普通じゃないレベルでアプローチはされるけど、それ故に素直になれない。というか、その余裕さがムカついて素直になりたくない。
だって、良い所も悪い所も、こんな絶妙なバランスで相手にぶつけられる男、他にいるだろーか?私はいないと思う。だから、嘘くさい。だから、ムカツク。だから本当は好きでも、“好き”だなんて絶対言いたくない。
そして困ったことに、平気で普通じゃないことを言ったり行動したりする割に、頭が良くて空気が読める彼は、肝心な所で受け腰だった。ちょっと、真に受け過ぎなぐらいに。



『…!…』

「あ、予約してる櫻井なんですけど。…杏奈ー?」

『え?あ…、ごめん』



だから、予約したという店に着いた時、ちょっと驚いた。同時に、これまで一緒に行った場所は、翔ちゃんにとっても本気度は低かったのだと気付いた。
ううん。よく考えたら、いつも会う時は私の仕事が終わった後だったり、合間を縫ったりの場合が多かったのだ。こんな風に丸1日を使ってのデートは今までには無くて、なんだか不意を突かれた気分だった。何コレ?



「ど?結構、良い感じだと思わない?」

『うん、悔しいけど』

「ははは!何だよ、悔しいけど、って」

『だって、余りにも好みがドンピシャ過ぎるから』



予約していたランチコースのメニューを注文し終わると、翔ちゃんが水を飲みながら、そう訊いてくる。いつもだったら、その“何でも分かってますよ”的な言い方に噛みつくとこだけど、上手いことそれが出来なかった。
ほとんど1フロア内に存在する全ての客席と厨房は、オシャレだけど適度な緩さと落ち着きがあって、一つ一つのレイアウトにうっとりしてしまう。
ソファやテーブル、照明はもちろん、使われているグラスや食器も拘りいっぱいで、思わず入った瞬間にキュンとしてしまった。


店にも、店を選んだ翔ちゃんにも。



「…杏奈、インテリア関係の仕事だし、こーいうシックでモダンな感じ?好きじゃん。ネットで見て、ここなら料理も旨いらしいし、喜ぶかなーと思って」

『そこまで考えてくれてたの?本当に?』

「はは、なんでそこ疑うの?そんなに意外?俺、本当はこんなもんよ?杏奈に見せる機会が無かっただけでさ」

『ふーん…。分かんない。でも、嬉しい。ありがとね?』

「どういたしまして。本当は古民家を改装したっていうカフェもいいなーと思ったんだけど、今日は我慢ね。今度に取って置かせて?」

『ふふ!…うん、分かった。期待してる』



なまじデートらしくなってきたデートに、自分の心が動き始めては、ストップ!ストップ!と制御に入ってくる脳内司令官。でも、私がそんなことになっているなんてお見通しとばかりに、彼は楽しそうに言葉を紡ぐ。
ああ、そういえば、初めて会った時もこんなこと言っていた気がする。そう考えると、話し方も私に対する態度も、この人、本当に変わってない。
てか、今更だけど、もしかして一目惚れだったんだろうか、私に。



「この感じだと、もうそろそろクリアー出来る感じ?」

『…!…』

「少なくとも俺は、今日にかけてるんだけどさ。はは。どーですかね、杏奈さん?」



からかっているのか、本気なのか。判断し難いこの言い回しは、人数合わせで仕方なく参加した合コンで、翔ちゃんが最初にした、私への告白と同じ。
すぐに意気投合して話をする私たちを見て、もしかして知り合いだった?付き合ってんの?と、1人が尋ねてきたのがきっかけだった。
もちろん私は違う、そんなわけないでしょ!と首を振ったけど、翔ちゃんは私のその言葉に、笑ってこう返したのだ。



“でも、俺はクリアーするつもりなんだけどね?”



ドキっとした。そして、改めて聴かされた、この瞬間も。
何を?なんて、無知で天然な女の子を気取るつもりはない。可愛いこぶるつもない。こんな風に何度も口説かれて、無視なんて出来るはずもない。
でも、余りにも真っ直ぐすぎる想いに、どう返せばいいのか、ずっと分からないでいる。
いったい、何が正解?このデートにかけているということは、今日で何かが変わるの?翔ちゃんは、答えを知っているの?それとも、私が答えを知っているの?


気付くと、いつもこんなことばかり口走ってしまう。



『私も訊きたいんだけど、翔ちゃんって基本は攻めの姿勢なのに、キスどころか手も繋ごうとしないのは、いったいどーいったプレイなの?』

「っ、はははは!じゃあ俺も質問返しで悪いけど、杏奈のそのツンデレ具合も、何かのプレイなの?てか、してもいいなら、今日にでもキスするけど?」

『…断る』

「ほら、やっぱりツンデレ。潮時だと思うんだけどなー、それ」



まるで大人が子供をたしなめるような言い方に、私はいつも必死に翔ちゃんを睨み返し、そこまでするほどのめり込んでいる自分に気付き、悔しくなる。
そしてその度に、頭で考えるような答えなんて、自分たちには存在しないのかも知れない、と思ってしまう。


なんて、出来そこないのクロスワード。本当に、ふざけてる。
こんな答えが欲しくて、ずっと悩んでいたわけじゃないのに。



『…だったら、クリアーして』

「え?」

『今日が終わるまでに、自力でクリアーしてよ。…私と翔ちゃん、合ってるって思わせて』

「“合ってる”?“好き”、じゃなくて?」

『悪くない言い方でしょ?』

「……」



頬が熱くなっていくのが、頬杖をつくフリをして隠した手から、どんどん伝わって来る。俯いていても、翔ちゃんが笑っているのが分かる。
だってそうじゃなきゃ、こんな意地悪な言葉が返って来るはずがない。



「はは…!これって、もうクリアーしてるって言っちゃダメなの?」



掌転がされて、良い気にさせて、愛されてるって思わせて。
気付けば、簡単に素直になれなくなるぐらい好きになってる。だから、認めたくなくて、もう一度自分を奮い立たせる。
それなのに、すぐにまた、こんな風に付け加えるのはちょっとズルい。



「ま、俺も嫌いじゃないけどさ。その言い方」



思わず、テーブルの下で足を蹴った。





Twisted Angel - Game Over?

(悔しいから、キスだけは絶対させてやんない。少なくとも、今日は。)





End.


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