Silver Lining - 1/3


side. N



「あのさ、これって果たして正解なんですかね?」

「は?」



食事を始めて、1時間。テーブルの上には、旬の食材を使ったオシャレな料理が何品か並んでいて、酒は無くてもなかなかの豪勢さだった。
潤くん行きつけの店で、誘ったのはその本人だということを考えれば、恐らくここの食事代は潤くんが奢ってくれるんだろう。
俺がプライベートでメンバーに会うのは、相葉さんの次に潤くんが多いし、こうやって2人で食事の席にいるのは、特別珍しいことじゃない。
それなのに、敢えてこんな風に疑問を提示したのは、今日がその例外に当たる日だと、俺自身が思ったからだ。



「いやね、分かるのよ?連載雑誌の撮影も、今回は俺と潤くんの2人だったし、それが今日ラストの仕事だったから、余計に俺を誘いやすかったっていうのはね?」

「……」

「でもさ、やっぱりこれってどうなの?本当に潤くんは、せっかくの誕生日に俺とサシでウーロン茶を飲みたかったわけ?」



8月30日。
俺たち嵐のファンなら、今日がどんな日かなんて、説明する必要もない日。潤くんの誕生日、その日だ。


俺とのラストの仕事までに、きっと行く先々の現場で誕生日を祝われただろうし、友達も多いから、ひっきりなしにメールや電話だって来ただろう。
でも、その本人は、早く帰りたい俺をわざわざ掴まえておいて、手元のケータイを何度も確認しては、その度に表情は曇っていく。
別に俺といるのが嫌なわけじゃないのは分かっているけど、そこまで気にするぐらいなら、さっさと何とかすればいいのに、と思う。この人らしくない。



「…全部、断ったんだよ。今日もそうだけど、この1週間、誕生日祝ってやるって、何人かに食事に誘われたけど、それも全部」

「ふーん。決まってもいない予定の為に、わざわざ空けておいたんだ?」

「もしかしたら、おめでとうのメールぐらいは来るかなって思ってたんだけど…」

「それも来ない?」

「…期待しすぎたんだろーな、ちょっと」



そう言って、諦めたようにケータイをテーブルの上に置くと、そのまま後ろの壁にもたれる。
潤くんが誰のことを話しているのかは、訊かなくても分かっていた。潤くんにこんな顔をさせるのは、杏奈以外に考えられない。
そして、その潤くんが誰よりも誕生日を一緒に過ごしたかったのは、ずっと片想いをしている杏奈だけなのだ。



「道理で、会った時から暗い顔してると思ったよ。それでも、俺を利用するんだから大したもんだけど」

「ごめん」



この1年で、俺たちと定期的に仕事を共にしている杏奈は、大人しく控えめなタイプ。モデルや女優のような目立ちはなくても、きちんと輝きを放つ、可愛らしい子だ。
本当は俺たちのファンクラブに入っているほどファンなのに、仕事だからと、ずっと黙っていたようなヤツでもある。
忘れていったiPodの中に、ラジオ音源まで入った俺たちの楽曲の充実さを潤くんが発見しなければ、きっと今も、興味ありませんみたいな顔をしていたに違いない。


でも、だからこそ。

潤くんはもちろん、俺たち全員が杏奈のことを信頼していた。
絶対に嘘は吐かないし、こっちの価値観すらも変えてしまうような純真さは、思わず個々にアプローチしてしまうぐらい、一緒に居て居心地がいい。
そして、やっぱり一番必死に杏奈を追いかけて、一番杏奈の近くに居るのは、悔しいけど潤くんなのだ。



「“Silver Lining”…、」

「ん?」

「っ、いや。…全部、初めてが良かったな、って」



一瞬、潤くんが聴き慣れない言葉を口にしたような気がして、訊き返す。改めて返ってきた言葉はそれとは違っていたけど、どちらにしろ意味を汲み取ることは出来なかった。
酒を飲んでいるわけでも無いのに、どこか気だるさそうで、ついつい余計なことを口走っているのは、この状況によっぽど参っている証拠だ。



「どういう意味?」

「なんか…、最近よく思うんだよね。俺も全部、杏奈が初めてだったら良かったのにな、って」

「……」

「誰かを好きになるのも、デートをするのも、手を繋ぐのも、キスするのも、触れるのも。…そういうの全部、杏奈と出会うって分かってたら、俺もちゃんと大事にしたのにな、って」

「…!…」

「そうすれば、今よりもうちょっと、杏奈も俺に心許してくれたかもって思うと…やっぱり後悔するんだよね。どうしようもないんだけどさ…」



なんとなく繋げたはずの会話に、不意にドキリとさせられた。


言葉にしたことは無い。でも、同じようなことを感じてはいた。きっと、潤くんや俺だけじゃなく、他の3人も。
だから、惹かれる。だから、傷ついて欲しくないし、傷つけたくないとも思う。それはたぶん、自分たちが忘れてしまったことを、杏奈はちゃんと大切に出来ているからだ。
そんなことを、普通に俺に言ってしまう潤くんの気持ちが余りにも切実で、気持ちが分かるだけに、思わず泣きそうになった。勘弁して欲しい。



「それは…俺も、そう思うけど。でも、潤くん分かってる?俺も一応、ライバルなんですけど」

「あー」

「んははは、あーって。ライバルにそんな弱音吐いていいわけ?何もしてないように見えるけど、俺は翔ちゃんや相葉さんたちと違って、タイミング見てるだけだからね?」

「分かってるよ。でも気持ちがバレてる分、俺は良い意味で、ニノたちよりは暴走出来る特権があるから。悪い意味での暴走もしてきたから、そう簡単に動くことも出来ないんだけどね」



そう言って寂しそうに笑った後、諦めたはずのメールを確認する為に、またケータイを手に取る。
俺が想像するに、杏奈が仕事以外で自らメールや電話をしないのは、今日に限ったことじゃない。杏奈は杏奈で、自分の立場をわきまえているだけだ。
普段だったら、潤くんもそれに気付けるだけの客観性はあるけど、相葉さんの誕生日にはメールが来ていたことを知っているから、どうにも納得がいかないんだろう。
あれは、相葉さんが頼んだからだけのことであって、“おめでとう”以上の気持ちがあるわけじゃないのに。



「…だったら、今日もちゃんと最後まで、暴走すればいいじゃない」

「え?」

「てか、今日こそワガママ言える日なんじゃないの?」

「……」



何度も視界に入る、ケータイのメール問い合わせ画面と、こっちにまで聴こえるような、ズキンという嫌な心の音。潤くんも飽きたと思うけど、俺もいい加減飽きていた。
2人の間に具体的に何があったかなんて知りたくも無いけど、ギクシャクしているのは、この1年間で何度か見ている。それが、潤くんの一番の弱味になっていることも、もちろん分かっている。
でも、もうどうしたって痛みは避けられないほど好きになっているんだから、それを悩むかどうかは自由意志であって、本人次第。だったら、そこに俺を巻き込むのは、もうやめて欲しい。



――― 少なくとも、今日は。



「散々、醜態晒してきたんでしょ?今更大人しくなったって、それが消えるわけでもないんだから、気が済むまでやりたいようにやればいいじゃん。俺的には、痛くも何とも無いしね」

「なんだ、それ…」

「んふふふ。誕生日にメール1通来ないだけで、そんな落ち込んでるからだよ。誕生日ぐらい、って思うんなら、今日が終わる前に早く会いに行って、ワガママの一つでも言ってくれば?突然押しかけるなんて、それこそ何度もやってきたでしょ」

「……」

「俺は俺で、ちゃんとタイミング見て動くからさ。気にしなくていいよ」



長い一瞬。もしくは、短い1秒。真意を見極めるように俺を見つめた後、潤くんはありがとう、とだけ言って店を出て行った。
1人でウーロン茶を飲み、残った料理をつまみながら、珍しく潤くんが会計するのを忘れていることに気付いたのは、その後だ。
ライバルのお世話までした挙句、誘われたはずの食事で奢る羽目になるなんて、本当にバカバカしい。今度は、違う意味で泣きそうになった。



「はぁ…。仕方ない。誕生日だと思って、大目に見るか…」



明日になったら、もうただの平日だってこと。

俺が、身を持って教えてあげますよ。ちゃんとね。





Silver Lining

(それでも俺たち5人の関係は変わらないところが、さすがだな、と思う)






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