Separate Ways, but... - 1/2


少しずつ沈んで行く太陽に、無意識に手を伸ばす。
もうすっかりオレンジ色に染まった空は、近いようで凄く遠い。



「うわ…。マジでいたし」

「ね!俺の言った通りだったでしょ?ひゃひゃ!」

『…ニノ、雅紀。…どうしたの?』



掴めなかった太陽に、宙を泳いだままになった自分の手。
でも、背後から聞こえてきた2人の親友の声に、現実の世界へと戻された。



「どうしたの、じゃないでしょ。お前の家族、みんな心配してんの。明日出発なのに、なんで準備もしないでこんなとこにいんのよ」

『だって…。なんか無性に寂しくなってきたの。…もう、こんな風に会えなくなるんだ、って思ったら…』

「…俺とニノに?」

『うん…』



廃校になった、小学校の屋上。物心つく前から既に廃校になっていたため、この学校に思い出は何一つ無い。でも、私達3人が幼い頃から、注意されつつも通っていた秘密基地だ。
ここ最近は滅多に来ることは無かったけど、かけがえのない大事な場所。
今になってこんな風にここに立っている理由は、目前に迫った現実から逃避したいからだった。


“お別れ”という、苦しくて悲しい現実からの。



『ずっと、いつも3人でいたのに…。明日からは、ニノも雅紀もいない。1人になっちゃう。それが凄く怖くて、不安で…』

「そう、だね…」

『っ、…ずっと一緒にいられないのは分かってるけど、こんなにも早く別れが来るとは思ってなかったから、私…。こうやって少しずつ離れて行って、どんどん変わっていくのかな、って思うと、やっぱり怖いし、凄く寂しいの…』



そこまで話して、頬に涙が伝っていたことに、ようやく気付く。自力で立っていられそうになくて、咄嗟に手すりに寄りかかった。
後ろでは、さっき掴めなかった太陽が、無情にも美しい光を自分に浴びせている。この太陽が再び昇る時、私はどんな気持ちでこれを見ているんだろう。


明日の今頃は、留学先のイギリスへ行くために、飛行機に乗っているはず。
自分で悩みながらも決めた道で、私のためにたくさんの人が応援してきてくれた。だから、勇気を持って前に進むべきなのに、その時が来た今、“現実を拒否したい”と心が言っている。
自分の夢の代償が、こんなにも大きなものだったんだ、と今頃気付いたのだ。



でも、その瞬間。
今の状況を考えると、信じられないぐらい冷たい温度のニノの声が耳に響いた。



「お前さ、何言ってんの?」

『え……』



流れたままの涙もそのままにし、伏せていた目を上げる。
そこには声だけじゃない、息を呑むぐらいの厳しい表情をしたニノがいた。後ろに手すりが無かったら、一歩後ろに下がっていた、と思うほどの。



「変わらないものなんて無いんだよ、絶対。変わらなかったらおかしいし、気持ち悪いじゃん。そんなの」

『…!…』

「ちょっ、…ニノっ!?」

「はぁ…。ピーターパーン症候群じゃあるまいし、変なことばっか言わないでくれない?マジで。ちょっと甘えてんじゃないの?お前」



甘えたことを言っているのは、自分でも良く分かっている。だからこそ、今日だけは1人でいたかったのだ。
この2人の顔を見てしまったら、決意が揺らぐことも、泣くことも分かっていたから。
いつもそばにいてくれた大事な親友が、会いたい時にそばにいない辛さを、どうしたら分かってもらえるんだろう。



それなのに、その当の本人でもあるニノからこんな風に言われて、思わず唇を噛む。
でも、少しの気まずい沈黙の後、呆れたように続けたニノの言葉に、目を覚ますような感覚が襲った。


いつもだ。ニノは泣かせるようなことばっかりを、私に言う。



「…だって、そうでしょ?お前だって、海外に行けば絶対に変わるよ。多くの人と出会って、価値観とか考え方は日々磨いていくものなんだから」

「ニノ…」

「そうでしょ?っていうか、お前はそのためにイギリスに行くんじゃなかったわけ?」

『…!…』

「…毎日、毎時間、毎分、毎秒。…全部、変わっていくもので、それは仕方のないことなんだよ。みんな、受け入れて進んで行くの。それを拒否していたら、人生なんて楽しめないと思うんだけど、俺は」



厳しい言葉に含まれる、確かな優しさ。
それは、私の為に敢えて現実を教えるという、ニノならではの優しさ。淡々と紡がれる言葉の裏には、いつだって温かな想いがある。
だって、そのせいで私は涙を止められないんだから。



「…でも、今日までのお前のスタンスっていうか、生き方は変わらないと思うの。途中で諦めたりしないとか、いつでも笑顔でいるとか。そういうポジティヴな部分は」

『う、ん…』

「それが、良い変化なんじゃない?お前はそれを目指せばいいし、それが出来るはずだよ。きっと」



そう言って、いつものように笑い、こう続ける。
示し合わせたように笑い合った2人に、私も自然と涙を拭った。



「…だいたい、お前がそんな風に迷ったり、悲しい顔してちゃ、俺たち前に進めないじゃん。俺たちまで、不安になる。ね?相葉さん」

「ふふふふ。うん!…笑顔で旅立ってくれなきゃ、心配になっちゃうもん」

『っ、…ごめん。そうだよね。せっかく応援してくれてたのに…。なんか、弱気になっちゃったっていうか…』



変わっていく環境に、ただ恐れを抱いていた。歩き慣れた道から外れて、1人で進んで行かなくちゃいけない怖さ。
確かに怖いけど、そうじゃない。恐れていちゃいけないのだ、変化を。だって人は、それじゃあ、成長していけないから。



「ひゃひゃひゃ!気にしない、気にしない!仕方ないよ。俺だって、本当は寂しかったもん」

『雅紀…』

「だって、日本に残るのは俺だけだもんね?ニノも、2週間後にはアメリカに行っちゃうし…」



少しずつ小さくなっていく雅紀の声に、また一変していく空気。
でも、すかさずニノが、“なんで今度はお前が泣きそうになってんだよ!”と突っ込み、笑い声が戻った。



私に喝を入れてくれたニノだけど、本当はきっと、そんなことしている場合じゃない。
映画の勉強をしたいからと、アメリカ行きを決めたと聞いたのは、今年に入ってからだった。雅紀は日本に残るけど、結局は3人とも同じ。


それぞれが悩みながらに決めた道があり、その道を歩いていくのだ。
今度は、1人で。



『みんな、バラバラになっちゃうんだね…』

「「…!…」」



たった今、頑張ると決めたはずなのに、どうしてこんなに憂鬱になるんだろう。また瞳が潤んできて、また自分で拭う。
だって、これからは泣いてしまっても2人はいないんだから、自分で涙を受け止める術を身につけなくちゃいけない。
それを分かっているはずなのに、新しい場所での生活を考えると足がすくむのは、やっぱりまだ不安だからなのかな。



「でもさ?きっと大事なんだよね、そういうのも」

『え…』

「……」



取り戻す様に、笑顔でそう言い放つ雅紀。
その曇りの無い笑顔に、一瞬きょとんとしてしまうけど、話を聞いて、“ああ、やっぱり雅紀だな”と思う。


いつだって全力疾走に進んで行く、その感じが。



「これからだって、たくさんの人と出会うし、たくさんの友達を作れる。…それに、たくさんの人を傷つけると思うんだ、俺」

『う、ん』

「でも、だからこそ!…だからこそ、たくさんの人に愛を与えるべきだと思うし、自分の人生を精一杯生きなきゃな!って」

『…!…、雅紀…』

「それにさ、永遠の別れじゃないよ?いつだって会える。地面は続いてないけど、空は繋がってるもんね!どこにいたって一緒だよ。俺たち」

『っ、…うん!』



雅紀の言葉と笑顔に、それが真実であることに無理なく気付かされる。
だって、その様子は子供の頃と、まるで変わらなかったから。



「んふふふ…。たまには良いこと言うじゃん、相葉さんも」

「ちょっ…!どーいう意味だよ、それ!!」

「んははは!」



いつものように、ニノと雅紀が小競り合いを始める。
それを見て、なんだか不安も吹っ飛んだような気がした。



悔しいぐらいに2人は大人で、未来を見据えて進んで行く。だったら、私も負けたくない。負けないように、しっかりしたい。
そうじゃなきゃ、2人の友達でいる資格は無いと思うから。



「あっ!そーだ!!」

『…? 、何?どうしたの、雅紀』



すると、ニノとの小競り合いを止め、突然大きな声を雅紀が上げた。
その笑顔は何か良いことを思いついたのか、子供みたいにキラキラしている。



「ねえ、じゃあさ?約束しない!?」

『約、束…?』

「そう!3年後の今日、この時間にまたここで会う約束。今日、それぞれ目標を決めて、それを達成出来たら。ね?良くない?これ!」

「うーわー。それ、その時ここにいなかったら、相当キツいことになんない?特に、相葉さん」

「おい!」

『ふふ、確かに…。でも、悪くないかも。それ』



そう言ってニノに視線を送ると、悪戯に笑い、頷く。“そーね、やってみますか。相葉さんは来れないと思うけど”なんて、また茶化しながら。
その返しに、当たり前のように雅紀が突っ込んで、一緒に笑い合った。



――― 明日で、“3人”は終わり。明日からは、新しい季節が始まる。



離ればなれになるのは嫌だし、怖い。でも、ここからが本当の始まりなのだ。きっと。
また、いつか再会する時に笑い合えるように、お互い努力しなくちゃいけない時。自分たちが決めた未来を、しっかりと。

そう思えば、頑張れるはずだ。どんな時も。



「で、何にするの?目標」

「うん。言ってみ、言ってみ!ひゃひゃひゃ」



視界を広げると、どこまでも続く、オレンジ色に染まった空。遠いようで近い、近いようで遠い空。
でも、今は不思議と掴めなかった太陽が掴めそうな気がした。



『じゃあ、私の目標はねー…、』



3年後、また2人に会うために。それぞれの道を、しっかり歩こう。


同じ空の下。
きっと、頑張れる。





Separate Ways, but...

(別々の道かもしれないけど、いつだって心は一緒だから。)





End.


→ あとがき





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