Some Nights/It's Time - 1/2


side. S



昨日、久しぶりに夢を見た。どんな内容だったかは覚えていないけど、滅多に見ることの無い夢は、確かに記憶の片隅に薄く残っている。
そのせいなのか何なのか。目を覚ましてから、優に12時間以上は経っているのにも関わらず、未だに不思議な感覚は残っていた。子供の頃から、時々ふいに起こる、あの感覚だ。


説明し辛いのだけど、突然寂しくなったり、哀しくなったり、切なくなったり…っていう、ああいう感覚。
その感情が何に向かっているのかも分からないまま、ほんの少しの間、その違和感を抱えては、それはすぐに消えていったりする。
久しぶりに見た夢も、その妙な感覚も、“不安”というカタチに成長しないことを祈るばかりだった。



「誕生日なのに気分悪ぃーなー、我ながら…」



そう呟きながら、頭を逸らせて、目をギュっと閉じる。座っていたパイプ椅子が、自分の体の重みにギシっと音を立てた。
1月25日、金曜日。人生で31回目となるバースデーは、あと3時間程で終わりを迎える。



「今日は何食べよっかなー…」



こういう仕事をしていて良かったのは、誕生日に孤独にならずに済むということ。
別に1人で居るのが嫌なわけでも、寂しがり屋ってわけでもないけど、単純に祝ってくれる人がいるのは幸せなことだと思うし、感謝の気持ちでいっぱいになる。
現に、今日この日も相変わらず仕事だったけれど、移動する先々でケーキを用意してくれていたし、おめでとうの言葉もたくさん頂いた。
家族や友達はもちろん、メンバーそれぞれからも、メールや電話で同じように祝ってもらっている。なんだったら、メンバーは日付が変わるタイミングで、だ。



「ははっ…!恋人か、っつーの」



そんな、無駄にロマンティックなシチュエーションと、個性溢れるメールの内容を思い出して、1人で笑う。
今日最後である雑誌撮影の仕事は機材の調子が悪いのか、一向に進む気配は無く、ずっとメイク室で待たされていた。
それをふざけんなよ!と思うことは無いけど、ツイてねーなぁ…とは、やっぱり少し思う。アイドルと言えども、いつも笑顔でいられるわけじゃないんで。



「! 、っ、びっくりしたー…!」



僅かな疲労感と一緒に暇を持て余していると、テーブルに置いておいたケータイが、突然ガタガタと動き出す。
誕生日恒例のメールがもう1通増えたか?と思いながら確認すると、画面には予想外の名前からの着信が表示されていた。



「もしもし?…杏奈?」

≪Good-morning!翔?≫

「そうだけど…はは。こっちは朝じゃねーから!何?どーしたの?久しぶりじゃん」

≪何、って。今日、誕生日でしょ?ついに31歳?おめでとー!≫

「ああ…、ありがと。覚えててくれてたんだ?」



明らかにテンションが噛み合わない挨拶から始まり、それでも、自分の誕生日を覚えていてくれた人間がもう1人居た事実に、自然に笑みが零れた。
確か日本時間のマイナス14時間で……今はだいたい朝の7時?
電話の相手である杏奈は大学時代の友達の1人で、今はNYで、やたら難しそうな仕事をしていた。声を聴いたのは久しぶりだ。



≪うん、一応ね。時差のことすっかり忘れてて、今、仕事に行く前に慌てて電話してるんだけど≫

「ふははは!マジで?大丈夫なの、時間?」

≪意外と近いし、出勤時間守らないのは私だけじゃないから。今、そっちって何時?≫

「夜の…9時ちょっと過ぎたところ」

≪うわー!本当にギリだったじゃん!間に合って良かった≫

「うん。でも、わざわざNYから祝いの電話してくれただけで嬉しいよ。ありがとね?」

≪あはは。どーいたしまして≫



そう言って、互いの近況報告を簡単に済ませ、また電話するね、と約束をする。
杏奈が家を出るタイミングと、マネージャーが撮影開始を知らせに来たタイミングが重なり、あっさりと電話を切った。でも、その直前に、彼女が言葉を一つ加える。



≪あ、プレゼントじゃないけど、パソコンの方にメール送っておくから、後で見て?去年から、翔に聴かせたいなーと思ってたやつなんだけど≫

「あー、うん。なんかオススメの曲?楽しみにしてるわ。ほんと、ありがと」



東京とNYを繋げていた電波は切れ、パイプ椅子から立ち上がり、撮影スタジオに向かって歩き出す。
無事に撮影が終わったのは、それから約2時間後で、自宅に着いた時には、既に31回目の誕生日は終了していた。
結局、誕生日だからこその食事は週末に取って置くことにし、焼酎を飲みながら、言われたとおりにパソコンを開く。メールには、動画サイトへのリンクと、杏奈からのメッセージがあった。



「はは、ご丁寧に訳してくれてるし。ってか、仕事中じゃねーのかよ」



日本じゃ考えられない勤務態度を想像して、思わず笑ってしまう。
でも、別ウィンドウでリンクされていた動画を開きながらメールを読んでみると、そんな想像を掻き消してしまうぐらい、真剣で誠実な言葉が並んでいることに気付いてしまう。



【この曲を初めて聴いた時、翔のことが真っ先に思い浮かんだ。メタファーに溢れているから、解釈は人それぞれだと思うけど、私には翔と同じ世界で生きている人のことを歌っているように聴こえるんだよね】



そんな言葉から始まったメールは、そのまま杏奈の解釈で訳したという、その曲の訳詞に入る。
開いた動画はミュージックビデオで、パソコンのスピーカーから流れるメロディーと詞に合わせて読んでいく。



「は…?なんだ、これ…」



曲の中盤に差し掛かった時には、無意識にそう声を出していた。
理解出来るようで出来ないその内容は、今朝、目を覚ました時よりも、自分を不思議な感覚に陥れさせる。同時に、凄く嫌な気分にもなった。
何が嫌って、この歌の主人公のように、自分も見えていること。見えてしまっていたことが。
杏奈だけじゃなく、もしかしたら、家族やメンバー、自分のファンにもそう見えているんじゃないか。そう思わせてしまった自分が、凄く嫌だった。


でも。



「ああ、うん…。分かるよ。こういう気分になったことあるし、あった」



認めるのは、辛い。自分を応援してくれている人たちを、裏切っているような気がするから。
特に曲の内容の大半が、一種の愚痴で溢れていたりすると、美しいメロディーも相俟って、切なく聴こえてしまう気がしたから。



「“Some nights, I wish that this all would end”…か…」



内容は簡潔に説明すれば、名が売れてきたからこそ見えてきた現実、陰と陽…とでも言うんだろうか。
主人公は周囲の目まぐるしい変化に心が揺れていて、“こんな想いをするんだったら、いっそのこと売れなくなって消えたいと思う”、なんて言う激しい一文もあった。
自分がそこまで思ったことがあるのか、と訊かれれば無いとは言うし、実際そうだと思う。
でも、近い感情だったり、やるせない想いを味わったりしたことは確かにあった。だから、この曲を聴いて、今、こんな想いをしている。



「“自分が誰なのか、どう映っているのか”…“前は分かっていたことが、今はしょっちゅう分からなくなる”…」



この仕事を続け、この仲間とやっていくんだと覚悟を決めた時から、幾度となく、同じような感覚が自分に襲いかかったことがある。
出来る限り、愚痴は零さず、楽しみながら仕事をしてきたつもりだけど、階段を一つ昇るごとに批判も中傷も増えたし、便利な世の中故に、簡単に耳に届いてきてしまう。たとえ、聴きたいと思っていなくても、だ。
だからこそ、誰に対しても誠実に接しようと心がけているし、だからこそ、仕事とプライベートはきっちり分けようと思ったのだ。そうじゃないと、頑張れないから。



「はは、確かに自分に似てるかも…」



それでも、どうしようも無いことはある。変わっていくこともあるし、変わらざるを得ないこともある。
たぶん、だから杏奈は、この曲を聴いて自分のことが頭に浮かんだんだろう。この曲の主人公も、同じような想いを抱えながらも、“ここで終わるのも嫌なんだ”、と歌っているから。


それを伝えたかったのか、訳詞の終わりには、こんなメッセージもあった。



【私が一番好きなのは、終盤にある、“My hearts breaking”からの部分。こういうことを、翔も感じたことあるんじゃないかなー、と。言っている意味、分かる?】



「うん…。分かるよ」



分かる?と不安になるのは、歌詞に書かれていることと、伝えたいことは違うからだ。
一番好きだと挙げた箇所は、杏奈の感想によれば、この曲の唯一の救いだという。


“姉が望まない妊娠をした時、凄く腹が立ったし、相手を憎んだ”

“好きだったから、なんて言うけど、ただ騙されただけ”

“でも、生まれた子供の顔を見ていると、信じてみたくなる”

“最低の出来事が、最高の結果を生むこともあるんだ、ってことを”



「分かるよ。つまり、…そういうことでしょ?」



何がそういうことなのか、と訊かれると困る。
今のメンバーとやっていけていることでもあるし、あらゆる仕事で繋がった人たち、出会った人たちのことでもある。
コンサートでたくさんの人たちの笑顔を見ると、それだけで頑張ろうと思えるし、間違っていなかったと思えることでもある。
しかも、その人たちは自分を、自分たちを応援してくれている人たちだ。どこまで期待に応えられるかなんて分からないけど、それだけで、前に進む勇気が湧いてくるのは、自分にとって紛れもない事実だった。


あー、ヤバい。久しぶりに泣きそうなんだけど。



「…って、もう1曲あんのかよ。十分、お腹一杯だっつーの、はは」



メールをスクロールしていくと、もう1曲の動画サイトへのリンクと、再び勤務中に訳したんだろう、その曲の詞があって、思わずツッコミを入れた。挙句、彼女はその曲も、俺みたいだ、と言う。
でも、リンクを開くと、最初の曲とは違う、明るく軽やかなメロディーがスピーカーから流れ、同じように読み進めていけば、自分も同じように、再び泣きそうになってしまっていた。



“もう一歩を踏み出す時が来たね?”

“確かに前より少しは大人になったけど、それでも別な人間になったわけじゃない”

“中身は昔のままで変わらない”

“もう分かっているはずだよ”

“本当の自分は、誰に変えられるわけでもないんだ、ってことが”



そして、NYに住む友人からのバースデーメッセージは、こんな風に締められる。



【だから、Keep your head up!ガガのママも言ってるでしょ?顔さえ上げてれば、どこへだって行けるんだって】



「はは!うるせーよ!分かってるっつーの!」



朝から続いていた嫌な感覚は、もうすっかり消えていた。





Some Nights/It’s Time
(言いたいこと、伝えたいこと、全部この2曲に込めたつもり。)





End.


→ あとがき





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