Mistletoe. 12/24 ('09) - 1/2


「ねぇー。これって、何?松ぼっくり?」



夕食の用意をキッチンでしていると、雅紀が声を掛けてくる。狭いアパートの部屋では、少し顔を左に向けるだけで、リビングでの様子が一目瞭然だ。
不可解な質問に、一瞬頭が混乱するけど、その理由はすぐに分かった。



『え?松ぼっくりなんて、そんなのあったっけ…、って、ちょっと雅紀!?』



やたら派手なオーナメントに、散らかった部屋。テンションの高いクリスマス・ツリーに、思わず大声を出してしまう。

もうすぐ、クリスマス。それに、雅紀の誕生日だ。



『ちょっとー!今年は白と青で統一する、って言ったでしょ?なんで、せっかく色分けしておいたのに、見事に全部付けちゃうの?!てか飾り、どう考えても多いでしょ!』

「えー、そうかなぁ?いーじゃん、別に!ニノみたいなツッコミしないでよ〜。ひゃひゃひゃ!」

『二宮くんだったら、もっと鋭いツッコミだったと思うけど?』

「ひゃひゃ!まーね?大丈夫、ちゃんと直すから…、って、違うよ!そんな話じゃなくて、これっ!“これ何?”って話だってば!」



私が注意すると、素直に謝り、屈託のない笑顔を見せる。そして、同じように屈託のない質問。
差し出された雅紀の掌に乗っていたのは、ツリーに付けるオーナメントの一つだった。



『ああ…。これはヤドリギ。クリスマスのシンボルのひとつなんだけど…。見たことない?』

「へぇ〜。ううん、見たことない。初めて見たかも。松ぼっくりの親戚ではないの?」



しつこく繰り返される松ぼっくりというワードに呆れつつ、“植物学者ではないので、そこまでは分かりません”と言う。すると、今度は“その返し、翔ちゃんみたい!”なんて笑われて。
その様子は、今年27歳になるような人には見えないくらい、無邪気でハッピーだ。そして同時に、ヤドリギに纏わる話を思い出した。



『…そういえば、このヤドリギって、雅紀の誕生花だよね。12月24日の』

「へえっ?誕生花?」

『そう。…花ってね、ちゃんとそれぞれに意味があって、確かヤドリギは“困難を克服する”とか“忍耐強い”だったかなぁ…』

「へぇ〜。よく知ってんね?」

『前に調べたこと、あったから。…雅紀にぴったりだなぁ、って思ったの、思い出した』



どんなことでも、常に雅紀は一生懸命だ。昔、気胸で入院した時も、仕事に真摯に取り組む姿に、勝手に感動したのを覚えている。
くだらなくても、真面目でも、絶対にバカになんかしたりしない。
いつだって、目の前のことを全力で楽しもうとする姿勢は、私の心に焼き付いていて、確かな励みになっているのだ。


なのに。



「ねえ、でもさ。これって、なんでクリスマスのシンボルなの?なんか意味あんの?」

『………』



基本的に、雅紀はテンションが上がっていると、周りが見えなくなって暴走する傾向がある。
それは私といる時だって同じ。現に今、彼の瞳は子供みたいにキラキラしていた。
普段は気にしないけど、私が想いに浸っているっていうのに、それを無視してヤドリギに興味を示すって、いったいどういうことだろう?


再び呆れてため息を吐くと、“ねえってば!”と答えを急かす。でも、真っ直ぐで純粋なことは、雅紀の特権だと思っている。
だから、気を取り直してヤドリギの説明をするけど、黒目がちな瞳は本当に理解しているのかは、謎だった。




『…海外では、このヤドリギの下ではキスしていい、っていう風習があるの』

「え?キス?」

『そう。元々は“Kissing Ball”っても言うんだけど、この下に立ってたら、その女性はキスを拒否しちゃいけないの。拒否すると、翌年に結婚のチャンスを逃す、って言われてるから』

「へえ…」

『だから、この下でキスするっていうのは、結婚の約束を交わすのと同じ、っていうワケ。クリスマスらしい特別感があるわよね』



クリスマスの、恋人同士の誓い。
海外ではクリスマスは家族と過ごすのが定番なだけに違和感があるけれど、きっと、いずれ家族になる恋人だからこその、素敵な文化だ。


未来を見据えたロマンティックな約束。
羨ましくなるけれど、現実が私を呼び戻した。火を点けたままの鍋を思い出して、ヤドリギを見つめたままの雅紀から、離れようとする。



『あ、鍋…!雅紀、もういいでしょ?ちゃんと、ツリー直しておいてね…、っ、?!』



でも突如、雅紀の手が私の腕を掴む。驚いて顔を上げると、そこにはさっきまでとは違う、大人の男の顔。
無邪気な笑顔は、すっかり消えていて、無意識にも心臓が音を鳴らした。


そして、次の瞬間……、



『…!…』



――― 小さく、軽く触れるだけのキス。



突然のことに、3秒前よりも早くなった心臓の音が、雅紀にも聞こえそう。
静かに離された唇に、交わる瞳。途切れ途切れに、今のキスの意味を問うと、また子供みたいな笑顔が私に向けられた。


視線を上にずらせば、雅紀の手。その手にはヤドリギ、“Kissing Ball”。



「ふふふふ。だって、これの下ではキスしていいんでしょ?…それに、ずっと。…これからも、俺のそばにいて欲しいから」

『雅紀…』



無邪気な笑顔に、真剣な瞳。
真っ直ぐで、純粋で、ずっと私が見てきた、雅紀の一番好きな顔だ。


彼だけの、特権。
私だけの、特権。



「約束したからね?拒否しないでね、つって!」

『ふふふ!…うん』



きっと、まだまだ遠い約束。でも、大丈夫。私も、“忍耐強い”から。
いつだって、いつまでだって待っていられる。だから、私を今以上に、いつか幸せにしてね?



『雅紀。大好き』



あなたがいれば、今もこれからも、絶対に幸せだとは思うけど。





Mistletoe. 12/24

(今日の約束は、いつかは永遠の約束に。)





End.


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