Falling Uphill - 1/2


空を見上げれば、船のように浮かんでいる三日月。それを見て、満月の方が良かった、と思う。
満ち足りていない三日月が、まるで自分を反映しているようで、なんだか悔しいからだ。



「あ〜…。マジでいたよ、ったく…」

『…ニノ?』



家の近くの公園でジャングルジムに登り、ずっと空を見つめていると、暗闇の中でぶつぶつ言う声が聞こえてきた。
満月ほどの力は無くとも、薄い三日月も確実に視界を広げてくれて、そこから幼なじみであるニノの姿が見えてくる。



「お前さー、勝手に逃亡すんのやめてくんない?」

『あ…。親、そっちに行った?』

「来るに決まってんでしょ。つーか毎回来てるよ。その度に俺はお前を連れ戻しに外に出されるし、最悪」



お互いの姿を確認し、私は見下ろしながら、ニノは見上げながら。当たり前になってしまった会話を2人でする。
そして、一通り文句を言い終わった後、ニノもジャングルジムに登って私の隣に座った。



「はい。飲む?」

『うん、ありがと。後で返すから、お金』

「当然」



全てがお決まりのパターンではあるけれど、それが出来るのは相手がニノだから。
いつも私が夜遅くに家からいなくなる度に、自販機で飲み物を買ってきてから、私を迎えに来る。
それは一つのサインで、“もうしばらく、ここにいよう”という合図。飲み終わるまで。悩みが、解決するまで。



私が、どんな思いでここに来ているのか、ずっと一緒に過ごしてきたからこそ分かる、ニノならではの接し方。
悩んでいることなんて、きっとニノはすぐに分かったに違いない。だから、こんな風に訊けるのだ。

いつもと同じ、軽いトーンの喋り方。



「で?何かあったの?」



また、ニノは私を浮上させてくれるかな。見つからない迷路の出口を、示してくれるかな。
なんでもいい。あの憎たらしい口調で、とにかく私を励まして欲しかった。きっと、ニノじゃなくちゃ出来ないことだから。



『…あのね?今日は寝坊したの。…起きたら12時半だった』

「うん」

『実のところ、毎日してるんだけど』

「は?」

『…起きる瞬間、いつも考えるの。このまま寝てようか、自分の世界の中で生活しようか』

「……」

『私、天才的な負け組かも』



淡々と、でも思いのままに、一気に喋る。不思議と同じ温度のする隣からの空気に、心は落ち着いていた。


この迷路は、あとどれだけ歩けば、光が見えてくるんだろう?
何度も何度も味わう、挫折感。その度に立ち上がってきたけど、もういい加減に疲れてきた。
なのに、こんな私でも応援してくれる両親や友達は確かにいて、それが凄く申し訳ない。だって、結果が伴っていないのに。



「“負け組”、ね〜…」



だから、毎朝起きることすらも憂鬱。夜は夜で、次の日を考えて眠れなくなる。それが原因で、ここ最近は寝坊ばかりしているのだ。
これが負け組じゃないなら、何を負け組というのか、誰か教えて欲しい。



「お前、バカじゃないの?」

『…いきなりキツイの来たね。…分かってる。何度もチャレンジしてるのに、結果はついてこないし、実力も能力も上がってない。頑張ってるけど、何も変わってない。私だって分かってるよ、バカだってこと…。っていうか、やっぱり負け組なんだと思う』

「はぁ…。そういうことじゃなくてさ…」



私の言葉にため息を吐きながら、呆れて顔を歪める。
ピーコートを着てマフラーをしている様は素晴らしく可愛らしいのに、発する言葉も態度も、そのルックスに一致していない。一致するのは、“小悪魔”という言葉だけ。
そして、その形容詞通りに、軽くバカにしたような変わらないテンションで、話を続けるのだ。



「お前は単純に、他の人よりもエンジンがかかるのが遅いだけでしょ?そいつにはそいつのペースがあるんだから、結果がついてこないとか、そんな下らないことで悩んでんなよなー…。本当に面倒なヤツ…」

『ふふ。下らない、とか。…酷すぎ』

「いや、下らないでしょ。お前はお前のペースを守っていけばいいだけの話なのに、そんなこと言ってんだから。遅れてるんだったら、その時間を取り戻せばいいだけの話じゃん」

『うーん…』

「それに、悩んでる時間も大切な時間じゃないの?毎朝、そんなこと考えてるなら、もうとことん考えてみれば?自ずと答えは出んだろ」



顔も見合わせず、時折、視線だけを投げかける、前を見たままの会話。そのやり方と、ニノらしい毒っ気のある言葉に、思わず2人で笑い合う。
私も冗談交じりに、“分かった、私の世界の大統領に提案してみる”と返せば、“そういうのが下らない、つってんの”と言われてしまった。



何も知らない人からすれば、憎たらしい話し方。でも、これを笑えるのは、私に合っているから。
だって、その言葉に甘さがあったら、私は逆にダメになっちゃうかも知れない。ニノのように、これぐらい厳しく言ってくれなきゃ、目の前の壁を壊すことが出来ないのだ。

少なくとも、私は。



「あと、お前は少し礼儀正しすぎるね。そんな風にバカ丁寧にお辞儀してたら、その間にチャンスも見逃すよ?そんなの嫌でしょ?」

『ふふ…。うん、そーだね。分かった、気を付ける』

「ん、そうして。…じゃあ、もういいでしょ?帰ろ?いい加減、寒くなってきたしさ」

『うん。…帰ろ』



そう言って、ジャングルジムを静かに降りていく。でも、ここを1人で登った時とは違い、体も心も幾分か軽くなっている気がして、ほっとした。
これだから、つい家を飛び出して、ここに来てしまうのだ。



頭では分かっているけど、どうにも動き出せない毎日。そんな時、どうしようもなく、誰かに喝を入れて欲しい時がある。
そういう意味でニノは客観的で、絶対に感情的になったりしないから、私にとって唯一、冷静に話が出来る相手だった。
ニノと話していると、自然と落ち着きを取り戻すことが出来て、自分の中のフラットな状態が戻ってくるのだ。


そんな、バレバレな甘えた私の行動を知ってか、知らないのか。何も言わず付き合ってくれるニノは、やっぱり優しいと思う。



「…なあ?」

『うん?』



公園を出て、家までの帰り道。2人で並んで歩いていると、ニノが思いついたように声を掛けてくる。
その真剣な表情と、いつもと違う深みのある声に、上手く言えないけど良い予感がした。


もっと、浮上出来そうな。そんな予感が。



「…お前はさ、結果がついてこないって言ったけど、そんなことないんじゃない?」

『うーん…。そうかな?』

「たぶん、今はそれが見えないだけでしょ。落ちて行ってるように見えても、ちゃんと上に登ってんだよ。前に進んでる」

『…!…』

「んふふふ。…そう思ったら、明日は起きれるでしょ?」

『そう、だね…』



皮肉交じりの言い方に、悪戯な笑顔。でも、“前に進んでるんだ”というその言葉だけで、一気に救われた。
ニノは当たり前のように言うけど、確かにこの瞬間、長い迷路の先の光は見えたのだ。


きっと、明日はちゃんと起きられる。
また、頑張れる。



「目に見えるものだけが全てじゃないんだよ。大丈夫」



だって、隣を歩く幼なじみが、その言葉を見事に体現していたのを、私は知っているから。





Falling Uphill.

(その“下り坂”、本当は“上り坂”なの。だから、ちゃんと前に進めてるの。本当は。)





End.


→ あとがき





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